第57話 もういいや…
■カイト
街の広場で騎士二人に絡まれた。エイケ侯爵の騎士だそうだ。
一人は俺の魔法障壁を思い切り殴り自爆した。どうやら骨が折れたようだ。
それを見たもう一人が剣を抜き、斬り掛かってきた。
俺はその剣を余裕で躱し、猫パンチのカウンターを叩き込む。
いつもだったら風刃を纏わせた爪で、体をバラバラに切り離して終わりなのだが、今回は爪を出さない肉球猫パンチだ。
なぜ爪を使わないのか? まぁ思いつきだけで深い理由は特にないのだが。あっさり殺しても次から次に絡まれるので、実力の違いを思い知らせるようにすれば絡まれなくなるのではないか? と思ったのと、コイツラがジェムを甚振っていたのを見ていたからだ。あっさり殺さず、同じ様に甚振ってやりたい。あまり意識していなかったが、子供をなぶるゲスな行為に俺は少々腹を立てていたようだ。
もちろん打ち込んだのはただの猫パンチではない。肉球の前に超高圧縮された空気の球、エアボールを仕込んである。反動を受けないよう自分の掌には反射障壁を張ってあり、さらに、反射障壁を筒状にして横にも空気が逃げないようにもしてある。つまり、相手を押し込む方向にだけ強烈な圧縮空気が噴射されるわけだ。
空気弾なので殺傷能力は低いが、高圧縮された空気は膨張率が非常に高い。つまり、力積が大きい。
この世界の者に力積などと言って通じるか分からないが……まぁ通じないだろうな、日本語だもんな。
力積とは、掛かった力の強さと、その力が掛かっていた時間の積である。
分かりやすく言うと、瞬間的に非常に強い衝撃を与えるのと、そこまで強くなくとも、衝撃(圧力)が掛かっていた時間が長いのとで、対象に対するダメージの通り方が変わるのだ。
素手で殴るのとボクシングのグローブを着けて殴る場合の違いと同じである。
前者は瞬間的に強い力が作用するので硬い物を破壊する効果が高いが、後者は骨が折れたりはしないが、内部に衝撃を浸透させやすくなる。鍛えられた素手の拳は骨を砕くが、グローブを着けたボクシングのパンチは骨は折れないが内臓にダメージを与える。
つまり、鎧を着ていてもその内部にダメージが浸透しやすくなるのだ。
腹部に当てられた
だが、腐っても騎士。その程度で引くわけもなく。再び立ち上がり斬りかかってくる。その剣筋をほいほいほいと見切って躱し、再び猫パンチのボディブローをお見舞いしてやる。くの字に折れ曲がって数メートル後方に尻もちを着く騎士。
だが騎士は再び立ち上がってくる、なかなかの根性だ。この世界の人間が地球の人間より頑丈なのもあるのだろうが、口の端から血を流しているのだから、結構効いていると思うのだが。
まぁ何度やっても同じだがな。さらに数発、前後左右からボディブローを叩き込んでやったところ、とうとう騎士は立ち上がれなくなった。どうやら腹部への衝撃で腹筋(横隔膜)が硬直して、息ができないようだ。
だが、そんな事で終わらせはしない。お前達はジェムが気を失っても蹴り続けていただろう? 先刻自爆して腕を骨折した騎士のほうも、あとでやってやるから待っていろよ?
俺は膝をついて腹を抱えて唸っている騎士に近づくと、その顔面に猫パンチを叩き込んでやる。力積が大きい空気弾のパンチは内部の脳に衝撃が伝わり、脳震盪を起こすはずだ。
何度も猫パンチで倒れた騎士の頭を転がしてやると、なんだか楽しくなってきた。あ、これ、猫が獲物を殺さずに甚振るのに似ている。猫の習性に引っ張られているのかもしれないな。
まぁ次も控えているのであまり遊んでもいられない。俺は倒れた騎士に馬乗りになり、頭部を左右から猫パンチで挟むように打った。ボクシングでは危険すぎて反則となっているダブルフックと同じだ。両側から打ち込まれた逃げ場のない衝撃で、脳が破壊される。目鼻から血を吹き出して騎士は動かなくなった。
その時、骨折した騎士が引きつりながら笛を吹いた。すると、近くに居た騎士達が集まってくる。笛が応援を呼ぶ合図か。
バラバラと集まってきて、襲いかかってくる騎士達。その剣を掻い潜りながら俺は猫パンチによる攻撃を続ける。【身体強化】と【
今度は効率を重視して、顎を横から撃ち抜くか、後頭部を叩くようにした。よく考えたら、猫パンチである必要はなかったな。手のひらの空気弾を爆裂させているだけなのだから、触れるだけで十分なのだ。おお、やってみたら、超至近距離から一撃必殺の打撃が打てるぞ!
別に魔法で戦うのが主のスタイルなのだから、わざわざ触れなくても同じ事ができそうな気はしたのだが、なんか面白いからこれでいいや。
徐々に空気弾に込める魔力を多くしていくと、威力が上がりすぎたようで、一撃で即死してしまうようになった。……こうなると、なんか違う気がするが……結局、殺してしまわないと、一度戦闘不能になっても回復してまた襲いかかってくるので、空気爆弾攻撃を続けて、応援に来た騎士達を全員斃した。
力の差を見せつければ諦める、という事には、残念ながらならないようだ……。
ツォズ「そんな……たかが獣人一人に……信じられ……」
ん? 遅れてやってきた騎士達を斃したのだが、最後に来た奴、他の騎士達と違う鎧を着ているな。指揮官かな?
そいつを最後に、騎士が襲ってこなくなった。
やっと終わったか?
「やれやれにゃ…」
騎士の死体の山ができてしまったが、邪魔だろうから騎士の死体は全部転移で街の外(森の中)に移動させてやった。そのうち魔物に食われて骨もなくなるだろう。
…その時、小さな殺気を感じた。
まだ騎士が残っていたか? と思いきや…
…獣人の少年が俺を睨んでいた。
ジェム「…ちっくしょう! どうせ騎士達を殺すんだったら、どうして父さん達の時に助けてくれなかったんだよ!!」
なんだ、ジェムはフアナのところからまた逃げ出してきたのか? もう連れては行かないぞ。
見ると、ジェムは一人ではなかった。傍に別の獣人の男が立っている。
獣人の男「そ…そうだ! お前が戦ってくれていたら、オリスン達だって死なずに済んだのに……なぜ今頃……!」
獣人の男「そ…そうだ! お前が、クーデターの時に戦ってくれていたら、オリスン達だって死なずに済んだのに……なぜ今頃……!」
オリスン? ああ、スラムのリーダーをしているとか言っていた、牛の獣人だったか?
そうか、死んだのか…。
「やれやれにゃ。なんでも人のせいにするんじゃないにゃ…」
獣人の男「お前のせいだ!」
ジェム「そうだ、お前のせいだ!」
「……」
俺は、もういいや、と思った……。
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