第42話 獣人の英雄

グリス「どうでしたか?」


アマリ「ダメだな。これと言って、有用な情報は得られなかった」


ヤライ「こっちも同様だ。魔法使いについての噂もない。それよりも、街に不穏な空気が膨らんでいるようだぞ」


アマリ「うむ、どうやら街の獣人達が、英雄の登場・・・・・で盛り上がっているようだ」


ヤライ「獣人達のクーデターが起きるんじゃないかという噂だ。なんでも街に騎士がほとんど居なくなってしまったので、時間の問題だとか…」


アマリ「平民の衛兵は居るようだが静観しているだけのようだ。街の平民達はどうやら獣人達に同情的なようだ」


グリス「実は私のほうも、妙な事になっていましてね…」


アマリ「妙?」


グリス「はい。領主の館を探っていたのですが、どうも、領主であるワッツローヴ伯爵は既に亡くなっているという噂で。現在は暫定で伯爵の息子が代わりを務めているとか…」


アマリ「死んだ?」


グリス「ええ。しかも、それも獣人絡みの話のようでして…」


ヤライ「噂の獣人の英雄が領主を殺した?」


グリス「話を総合すると、その可能性が高そうです」


アマリ「ここの領主は、たしか、伯爵だったか? それなりに強い魔力を持っていたはず」


※魔力が強い者ほど貴族として上位の地位についている傾向が高い。魔力とはすなわち武力であり、平民は魔力がない(=弱い)ので平民なのである。


アマリ「それを、いくら強いとは言え、獣人が殺せるものか?」


グリス「街に騎士が居ないのは、総出で街の外に魔物だかを討伐に行ったものの、返り討ちにあってしまった、という噂です。平民の衛兵達の情報なので、確度の高い話かと」


ヤライ「ああ、俺も聞いた。平民の衛兵達は貴族の騎士達と一緒に討伐に出たが、とても勝てないと思って逃げ帰ってきたとか。まぁ先に逃げ出したようなので、残った騎士達がどうなったかは確認していないらしいが、帰ってこないという事は、つまりそういう事なんだろうと…」


アマリ「そんな、恐ろしい魔物がこの街の周辺には居るのか? 辺境だからか?」


グリス「周辺の事はよく分かりませんが、辺境の森です、何が居ても不思議ではないでしょう。ただ、妙な噂がありましてね…」


アマリ「またか? なんだ?」


グリス「討伐対象は、小柄な猫の獣人一人だったと言う噂です…」


ヤライ「え、それって…」


グリス「ええ。おそらく、街で話題の獣人の英雄という事なのでしょう。その獣人は街には住んでおらず、森に住んでいるという話です」


アマリ「その獣人が強いとしても、一人で大勢の騎士を相手にして勝てるものか…?」


グリス「…もし仮に、本当にそれほど強いなら、高い魔力を持つはずの伯爵をも殺す力があっても不思議ではないです。軍隊を差し向けた事に怒った獣人に伯爵は殺されたのかも知れませんね」


ヤライ「だが、猫獣人だろう? ちょっと信じられない話だな……。あ! その獣人が賢者だとか?!」


アマリ「俺が聞いたところでは、その獣人の英雄は “先祖返り” らしいぞ?」


グリス「先祖返りというと、外見が人間ではなく、動物に近いタイプの獣人ですね?」


アマリ「ああ。外見は完全な猫だそうだ」


グリス「獣人は高い身体能力が武器だが魔法は苦手なはず。先祖返りタイプは特にその傾向が強い。その獣人はどうやって高い魔力を持つ伯爵や騎士達を倒したのでしょうね…?」


アマリ「伯爵クラスの魔法を凌駕するほどの身体能力があったとか…?」


ヤライ「もしかして、その獣人を影から助けた者が居るのでは? それが賢者という可能性は…」


グリス「“賢者” は、目立つ事を嫌って隠れているという可能性はありますね」


アマリ「もう少し、その獣人の英雄について探ってみるか…」


グリス「…私は、明日は商業ギルドに行ってみるつもりです」


ヤライ「商業ギルド?」


グリス「ええ、実は、この街にしょっちゅう商業ギルドのグランドマスターが来ているらしいのです」


ヤライ「グランドマスター? ってあの、数百年前に商業ギルドを立ち上げたという年齢不詳のエルフの?」


アマリ「こんな、何かあるわけでもない辺境の街にわざわざグランドマスターが足を運ぶなんて、確かに怪しいな」


グリス「でしょう? 彼らは独自の情報網を持っているから侮れません。もしかしたら先を越されてしまったのかも知れない。最悪、国と商業ギルドの対立に発展する可能性もあるかも知れません…」


アマリ「それは…さすがにまずいのでは…」


グリス「…国王は賢者の確保を最優先にせよとの事ですから、いざとなったら…」


ヤライ「グリスにしては珍しく過激だな…」




  +  +  +  +




■カイト


領主の屋敷を出た俺は、街での用は済んだので森に戻ったが、翌日また街に来る用事があったのを思い出した。仕立ててもらっていた服が完成したので受け取りに来いと言われていたのだった。


最初の頃は街の中の店を回って直接買い物をしていたが、街の中もあらかた見終えたので、最近は面倒になって商業ギルドですべて済ませるようになった。仕立てなど採寸が必要な場合も、商業ギルドまで職人が来てくれる。悪いので店に出向くと言ったのだが、気前よく高額商品を買う上客なので、それくらい何でもないと言われた。


「『気前よく高額商品を買う鴨』とか本人に言うかにゃ」


ロデス「鴨とは言ってないですよ~。商業ギルドは騙したり駆け引きしたりは極力しないのです。もちろん、商売上必要なところでは戦いますが、お客様に対しては正直がモットーでして。事実、高額な商品を買って下さる方は多くはありませんから」


「ま、そりゃそうか…」


仕上がった服を着てみたら、なかなか上出来であった。用意されていた大きな鏡に映してみると、上品な服を着た二足歩行の猫が立っていた。


ブーツを履いた猫。これにハットとマントを着けて腰に剣を差したら懐かしいキャクターになってしまいそうなので、ハットとマントは作っていない。剣も持っていないが、これはいずれ佩いてもいいかなと思っているが、あくまでファッションである。俺には爪があるし亜空間収納もあるので腰に装備している必要はないのだ。


商業ギルドを出ると、獣人の子供達が待ち受けていた。いつぞや助けてやったスラムの獣人の幼児達だ。


スラムはその後もずっと支援を続けているのだ。善意というよりは金を街に還元する方法としてちょうど良かっただけなのだが、まぁ、飢えている幼い子供というのは見ていて酷いので、やってよかったとは思う。


食べ物についてだけは、分かち合いたいという気持ちが俺には昔(地球時代)からあった。これについては敵味方関係ない。逆に、食べ物の事で意地悪をするような奴は大嫌いだった。


子供達の血色は良く、肉付きもよくなってきているように見えたので、支援した甲斐はあったと思う。あくまで自己満足で、恩着せがましくするつもりはないが。


獣人の子供達は、俺にスラムに来てほしいと言う。別に礼なら不要だが、何か話したい事があるようだったので、特に用もないのでついて行ってみると……


…獣人の男達に取り囲まれた。子供達は獣人の大人に手を引かれて小屋の中に引き込まれていた。


「……なんか用にゃ?」


狼人「おいおい、本当にこんな奴が領主の騎士達を斃したってのか?」


礼を言いたい、という雰囲気ではなさそうだ。


子供を利用して俺をおびき出したのか…?



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