第46話 領主交代
ワッツローヴ伯爵が突然立上がり、手をこちらに向け魔法を放ってきた。
……もちろんそういう事態も想定済みである。
奴がこっそり呪文を分割詠唱している事など、魔力の流れを見ていれば分かる事だ。
おそらく種族的な特性なのだろうが、俺は魔力を検知する感度が非常に高いようだ。なんとなくではなく、はっきりと魔力を感じ、捉える事ができる。目を瞑っていても魔力を使って周囲の様子も手に取るように分かるのだ。
これは森の奥で魔物達を相手にして実験を繰り返しても明らかであった。俺は魔力を検知して魔物の居場所を察知できるが、魔物達には俺の魔力を察知できないようであった。
その後、人間の街に入ってみたら、それはさらに顕著な違いとなって明らかになった。どうも人間は魔力に対する感度が鈍いようなのだ。俺よりも、魔物よりも、野生の動物よりも低いのではないかと思える。
それでよく魔法が制御できると不思議に思ったが、彼らは魔力感度が乏しいのを呪文詠唱というシステムで補っているようであった。予め制御のための術式が構築されており、その発動キーを唱える事で自動的に魔力が消費されて魔法が発動するというわけである。
呪文詠唱の必要がない俺にはこれらのシステムは無縁のものなのだが。そもそも、あんな長ったらしい呪文、憶える気になれない。
ワッツローヴ伯爵が見せた呪文の分割詠唱という技術は少しだけ興味深かったが。呪文を複数の短縮詠唱に分割して、少しずつ術式を構築していっているようであった。
ただ、本人は気づかれないように呪文を分割してコソコソ詠唱していたのであろうが、詠唱が進むにつれ、魔力が集まり高まって行くのだから、俺でなくとも魔力感度が高い者にはバレバレであろう。
バレバレであるが、あえて術式が完成するのを待ってやると、発現したのはなかなかの威力のファイアーランスであった。
即座に発射されるファイアーランス。
だが至近距離で発射されたその魔法は、ほとんど進む事なく俺の眼前の空中で止まっている。
ワッツローブ伯爵「……な?!?!?!」
俺が魔力を使って止めたのだ。
障壁ではない。魔法障壁の場合、魔法が当たるとその魔法は目標に当たったと同じ状態になり、爆ぜて消滅してしまうなど次の様態に変化してしまう。だが
どうやったかって? 俺は呪文詠唱などしなくても魔力を直接操る事ができるからな。複雑な魔法はスキルによって発動するが、純粋な魔力を操り動かす事は可能なのだ。俺は純粋な(そして膨大な)魔力で魔法の槍を圧し、力づくで抑え込み空中に留めているのである。
空中に止まった魔法はそのままに、俺が伯爵に近づいていくと、呆然とした顔でフリーズしていた伯爵は我に返り、俺を恐怖の目で見た。
口を開き、何か言おうとしたか、あるいは悲鳴をあげようとしたのかは分からんが、それは音にならなかった。俺が
そのまま後ろに倒れるように斬ってやったので、返り血を浴びる事もない。
さて……
俺は、部屋の隅で呆然とした顔の若者を見た。
「息子、だとか言ってたにゃ」
ガスト「が、ガストと言います…」
「お前はどうするにゃ?」
ガスト「どう…とは?」
「敵対するなら戦うにゃ」
ガストは首を横に振った。
「父親が殺されたのだ、仇を討ちたいとは思わないのか?」
ガスト「…正直、そこまでの情はありませんよ。さっきも見たでしょう? 自分のためなら息子の命だって平気で差し出すような奴だ。はっきり言ってクズですよ、死んでくれて喜んでる人間のほうが多いでしょう」
「そ…そうか。毒親って奴だにゃ…」
俺の前世の日本の両親も毒親で、ネグレクトか虐待の二択の記憶しかなかったので、親ガチャに外れた子供の気持ちはよく分かる。少し迷っていたところもあったのだが、毒親だと聞いてこの息子に親近感が沸いてきた。
ガスト「俺にあとを継げとやたら厳しく言っていたが、自分が死ぬまで譲る気なんかなかったでしょう。殺してくれてありがたい。これで私が領主になれる」
「領主になるにゃ?」
ガスト「え……その、あなたが領主になりますか?」
「俺はそんな事に興味はないにゃ」
ガスト「では…私がなっても構いませんか?」
「好きにすればいいにゃ」
ガスト「もちろん
「今よりマシになるにゃらいいんじゃにゃいか? てか、俺は獣人のためにやってるわけじゃないしにゃ。街の内政に口を出す気はないにゃ」
ガスト「え? 獣人の待遇を改善するために戦っていたのではないのですか?」
「そんな事は考えてないにゃ。俺に攻撃してこない限り、人間達の政治と関わる気はないにゃ」
ガスト「では、あなたにさえ干渉しなければ、今まで通りで良いと?」
「好きにすればいいにゃ」
俺は空中で未だ燻っていた前領主の放ったファイアーランスを【収納】して消した。
ガスト「!?」
「もし敵対したら、さっきのランスをお前に打ち込むにゃ」
ガスト「……決して!」
俺はその言葉を背に部屋を後にした。
+ + + +
■グリス
カイトが領主邸に乗り込む少し前。街に三人組の旅人が街にやって来た。
代表者はグリス、それにヤライとアマリと名乗った。隣国からの旅人だとの事。目的は観光。門番はこんな片田舎に観光? と不思議には思ったが、身分証を確認しても特に怪しいところはなかったので入城を許した。
グリス達は街に入ると宿を取り、その後バラバラに街の中へと繰り出していった。
しばらくしてまた宿に戻ってきた三人。
グリス「はて…? なんだか妙な雰囲気の街ですね?」
アマリ「ああ、なんだが、うまく言えないが、妙だな……」
ヤライ「街の者が噂していたぞ。大勢の騎士と衛兵が街の外に出ていくのを見たとか…」
アマリ「戦争でもあるのか?」
ヤライ「詳しくは分からんが、魔物の討伐じゃないか?」
グリス「まぁ、街の事情はどうでもいいです。それでどうでした? なにか手掛かりは掴めましたか?」
アマリ「いや、特には何も」
ヤライ「俺も…。街の者に強力な魔法使いの噂などが最近なかった尋ねてみたが、そんな噂は聞いたこともないと」
グリス「賢者様の予言では、貴族とは関わりがない者であるはずなのですが…もしかして、既に領主家に発見されて秘匿されているのかも…?」
アマリ「だとすると厄介だな」
ヤライ「そう言えば、妙な噂があったな」
グリス「なんです?」
ヤライ「なんでも、最近、非常に強い獣人が現れて、騎士達を倒したとかなんとか」
アマリ「この国では獣人が虐げられているんだったよな?」
ヤライ「うむ、なので、獣人達はその噂に歓喜しているとか」
アマリ「だがまぁ、獣人ならば、いくら強くとも我々が探している人物とは関係ないだろう」
グリス「そうですね…。では明日また、もう少し街で聞き込みをしてみましょう。それと、領主家のほうも、なんとか探りを入れる方法も考えないといけませんね…」
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