第39話 腑に落ちた

実は昔、俺は一度、ドラゴンの【威圧】を体験した事があったのだ。その時の経験がなければ、この化け猫の【威圧】には耐えられなかっただろう。


ドラゴンは下級種であったが、まだ若かった俺はその迫力に腰が抜け、失禁しながら這って逃げ出す事になってしまったのだ。


その時以来、俺はドラゴンの威圧にも負けないよう胆力を鍛えてきたのだ。いつか、次の機会にこそはドラゴンを狩ってやる。今ならそれが可能という自信がある。


しかし…今猫人が放った【威圧】は、一瞬だったが、下級ドラゴンの【威圧】を凌駕していた。この俺がビビるほどに…。


この眼の前に居る “化け猫” は上級種のドラゴンに匹敵する力があるということなのか? 


なんとか失神は免れたものの、背中に冷たいものが走る。


猫人「別に欺くつもりはにゃいが。まぁ見た目で判断するのは愚かにゃ」


そう言うと、猫は再び元のサイズに戻っていった。こちらのサイズが通常で、先程のは威嚇用なのだろうか? だとすると迫力はあったがそれもハッタリである可能性も? …いや、あれはハッタリで出せる威圧ではないだろう…。


「……モイラーが森の中に建つ屋敷に住む獣人の【賢者】の事を報告してきたが…内容が荒唐無稽過ぎて俺は幻覚を見たのだろうと一蹴してしまった」


猫人「それにゃ」


猫人がモイラーの首を持ち上げながら言った。


猫人「コイツ、最後まで『幻覚だー』とか言って信じなかったにゃ。お前が幻覚だとか吹き込んだにゃ?」


「モイラーが、件の獣人は賢者、つまり全属性の魔法が使えると言っていたが、本当か?」


猫人「本当にゃ」


「…正直、信じられん。幻覚を見せられたと言われたほうが納得出来る話だ。お前がドラゴン並の威圧感を出せるのは理解わかったが、たとえ上級種のドラゴンでも、全属性を持つなどという話は聞いたことがない。隣国で名高い賢者も、使えるのは四属性だったか五属性だったかだと聞いている。というか、そもそも、獣人は魔法が不得意なはずではないのか?」


猫人「お前はこの世の全てを知っているのか? 知らない事などないという傲慢な人間にゃのか? 自分の狭い常識に囚われているだけなんじゃにゃいのか?」


「…むむ、頭が堅いと言われれば、そうかもしれんが……信じられないほうが正しい…常識的な感覚だと思うぞ」

「確かに、今目の前で【風魔法】、【収納魔法】と【威圧】は見せてもらった。だが、収納魔法はマジックバッグを隠し持っていれば騙せるし、威圧は魔法というには少し微妙だ。風魔法についても、聞いた事がないような使い方であった…。どうも納得が…」


俺は色々と誤魔化そうと焦り、つい早口で捲し立ててしまった。だが、それを猫人が遮った。


猫人「俺の事はどうでもいいにゃ。俺は、お前が俺を殺す命令をお前が出したのかどうか? それを確認したいだけにゃ。どうにゃんだ?」


「…確認できたらどうするのだ?」


猫人「殺すにゃ。人違いで殺されたら気の毒にゃと思ったから確認してるにゃ」


「ちょ、待て。その前に確認させてくれないか? 本当に、全属性の魔法が使えるのか…?」


猫人「これから死んでいく者が知っても意味ないにゃ」


「…っ冥土の土産だと思って! 教えてくれないか?」


猫人「…まぁいいけどにゃ」


そう言うと猫人は目の前に火球と水球を浮かべてみせた。


「風、水、火、これで三属性…」


さらに猫人の周囲に石槍ストーンランスが浮かび上がる。これは土属性か。


それから眩しく輝く光の球と、漆黒の球も浮かび上がった。まさかこれは……光属性と闇属性?!


その時…


突然瓦礫の中から火球が猫人に向かって飛んだ。


気絶していた執事が意識を取り戻し、魔法を放ったのだろう。


執事が放った火球は一瞬で猫人に着弾する。だが火球は壁に当たったボールのように跳ね返り、執事へと戻っていった。


爆炎が広がり執事が炎に包まれる。


猫人「バカにゃね。防御用の障壁を張ってるくらい分からなかったのかにゃ?」


さらに炎は周囲の壁や家具にも燃え広がり始めた。まずい、乾燥している季節だ、このままでは屋敷全体に火災が広がっていくだろう。


だが、意外にも猫人が浮かべていた魔法を消し、もう一度水球をいくつか作り出し、燃えている場所に向かって放ち火を消し止めてくれた。


「…い、今のは?! 何をしたのだ?」


猫人「火を消したにゃ」


「その前だ、魔法が跳ね返ったように見えたが…?」


猫人「障壁を張ってたにゃ。魔法を反射する魔法にゃ」


「魔法を反射する障壁など聞いた事がないぞ!?」


猫人「お前……魔法には詳しいのか?」


「え、あ、いや、それほどでは……」


猫人「なら知らない魔法があったって驚く事ないにゃ」


「…まさか、本当に……【賢者】なのか?」


猫人「そういえばコイツもそんな事言ってたにゃ。俺の鑑定結果が【賢者猫】だったとかにゃんとか」


賢者猫? どこかで聞いたような……そうだ、モイラーがそんな事を言っていたな。執事に聞いてみたら、伝説に出てくる妖精族の中にそんな名前を聞いた気がすると言っていた。ただ、子供向けのお伽噺の話で現実ではないと言われ、そのまま忘れてしまっていたのだ。


だがもし、本当に伝説の種族が実在していたとしたら…?!


「賢者猫とは伝説の妖精族だと言う話があるが、お前がまさかそうなのか? 獣人ではなかったのか?!」


猫人「知らんにゃ」


ここに来て、俺もやっと事態が腑に落ちた。


現れたのは先祖返りした小柄な猫獣人だと思っていたが、そうではなく、伝説の “妖精族” であったと仮定してみると、すべての辻褄があってしまう。


それなら騎士達が歯が立たなかったのも当然だ。


妖精族だとしたら、敵に回してはまずい!


だが逆に、なんとか懐柔して味方につけられれば大きな力になるとも言える!


執事も全身火傷の重症だが死んでは居ないようだ。火災も消してくれたし、間違って殺さないように領主かどうか確認していた。被害を広げないように気をつかっているように見える。


ならば、交渉の余地はあるかも知れない!


俺は必死で猫人の説得に掛かった。


「す、すまなかった! 謝る!」



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