二 簡単な質問、どちらが夢であるか。
寝床から身体を起こす。欠伸をする。いずれも全くの日常の風景であることに、疑いはあるまい。久しぶりに長く寝たはずであるが、全く寝た気がしないのは、れいの夢の所為であろうか。夢では声が出せなかったことをふと思い出して、適当に、あーとかうーとか鳴いてみる。聞こえるのは、生気のない聞き慣れた声であるが、やはり男性としては高く聞こえる。
今日は木曜日である。いつも通りの大学の講義でさえ、今日ばかりは聴きたくなかった。世の人は、仮病によるものと解するだろうが、私は仮病を使わざるを得なかったことをこゝに弁明しておきたい。そりゃァ、恋の病と
あゝ、考えるのも
居酒屋のカウンターテーブルに目を
「おゝ病は病でも恋煩いであるか。君が、かっては『恋愛など俗な概念を
「あゝそうだ。だからこそ困っているのだろう。恋煩いに一度
「喫煙者のおれを煽っているのかい。自堕落な君が人生の様子を気にするのも意外だがね」
「私は別に自らの人生の破滅を願うほど馬鹿者じゃないのさ」——私はそう云って酒をもう一杯店主にせがんだ。
矢野も私も酒に酔って左右も判らぬ様子になりながら、いい加減なことをいってはまるで専門家気取りで評論しては、世の中を憂う幕末の志士のような
酔いは醒めたとはいえ未だに朦朧とする意識の中、家への帰途をたどっていた。梅は咲いたか桜はまだか、なぞ古くからのつまらぬ世迷言を口にしながら、未だに蕾から出てこぬソメイヨシノの並木を通り過ぎて、本当にいつのまにか、家に着く。何故か少し様変わりしたように見える。目を何回かこすった。カーペットの位置は合っているか、皿は何処に置かれていたか、机の大きさは合っているか。疑い出してはきりが無く、真実の存在するところを忘れる。有名な
時は昼を大きく過ぎたが、夕べというにはまだ早い頃、私は疲れていた。真が何か判らなくなるのだ。夢というのは、私の脳内で構成される分、細部は不正確であることが多い。一方で、昨日の夢はなんだ。あの女は、明確に意思を持っていた。私も夢なのにも関わらず、明確に意思を感じ取っていた。思えば、気温も、感触も、だ。今でもあの夢を覚えているのに、酔った私の行動を誰も保障してはくれない。こゝは、どこだ。夢はどちらであろうか。今、私は、世界の理に対する、恐ろしいものへ挑戦している気がした。
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