04
「しんっじらんない」
吐き捨てられた一言。
「だから言ったじゃん! 俺、弱いって!」
嘆き、叫ぶジルの片頬は、痛々しいくらい真っ赤に腫れ上がっていた。
さて、遡ること4時間前。
大量といえば大量の墓に手を合わせて村を後にしたジルと、桃色の少女──ミーリャ。ふたりはいつもジルが出稼ぎに行く近場の町ではなく、それよりも遠方に位置する首都圏に向かい歩いていた。
理由はひとつ。首都には市役所があるからだ。
なぜ市役所を目指しているのか、だが、これには深いわけがあった。
──この世には、正義と悪が存在する。
正義と悪。組織化こそしてはいないものの、確かにこの世界にはその二つが存在した。今では正義代表やら悪代表やらもいる始末で、おまけにその代表を決めるために三年に一度、トーナメント形式のバトルコンテストまで開催しているという話だ。
因みに開催場所はその時々により異なっていると聞く。
正義になるか、はたまた悪になるか、それを査定し、決定するのが、首都に存在する市役所である。市役所は町の役場と異なり気軽には行けないものの、あらゆる手続きを一回で終わらせてくれるというメリットがある。他には役場が個人の依頼を受けられる場なら、市役所は国や企業の依頼を受けられる場でもあったりする。つまるところ、悪になるためには市役所に行くのは必須ということだ。
「……で? お前、冒険者ランクはどのくらいなのよ」
道中、ぼんやりと歩き続けるジルを見兼ねてか、ミーリャは唐突にそう問うた。問われたジルは「はぇ?」と間の抜けた声を上げ、不思議そうにミーリャを見る。
「はぇ? じゃなくて、冒険者ランク。お前のランクはどの程度なのか聞いておきたいのね」
「……そんな教えられるほど大層な数字じゃないですね」
「ちなみにミーリャはランク4なのよ」
「おおっと! 急に語りたい欲が出てきましたね! ランク? いいぜ! 言ってやるよ! 俺はぁ──!!!!」
ボグッ、といやな音を立て、ジルが真横に吹っ飛んだ。突然のことになんとも言えぬ顔で吹き飛ばされたジルを見るミーリャは、その視線を静かに下方へ。整備の整っていない道の真ん中、そこに存在する小さな緑色の物体に注目する。
全長僅か5センチ程。線のような細い腕を振り回し、ぶん殴りたくなるような落書きの如き顔をしたソレは、スライムだ。小さな体に見合わず、普通に聞き取りやすい声を発するスライムは、なにやら「シテヤッタゾ!」と喜んでいる様子だ。
ミーリャは無言になり、ゆっくりと視線を倒れたジルへ。地面に顔をめり込ませた彼に深く嘆息すると、ゆったりとした足取りでスライムへと近づいた。
「ナ、何奴!!??」
スライムが警戒するように身構える。
「……お前、殺されたくなかったらさっさとココから去るのよ。今のミーリャは気分がいいから見逃してやるのね」
「フン! 何ヲ言ウカ! スライムノ辞書二逃ゲルトイウ言葉ハナイ!」
「あっそ。じゃあ死ね」
片手を突き出したミーリャの目前、ボウッと上がる紫色の炎。メラメラと燃え盛るソレに包まれたスライムは、「オアアア゛!!!!」と嘆かわしくも叫んでいる。
「折角ミーリャが見逃してやると言ったのに、馬鹿なヤツなのね」
パチン、と指を鳴らし、炎を消し去る。そうして黒焦げとなったスライムを放置したミーリャは、未だ地に伏せたままのジルの元へ。ゲシリとその小柄な体を蹴り飛ばし、「おい、いつまで寝てるつもりなのよ」と吐き捨てる。
「話がまだ終わってないのね。お前、結局冒険者ランクはどの程度なのよ」
「……ご……」
「なに?」
「……」
「さんじゅうご……」と、か細い声が聞こえた気がした。
腕を組んだまま停止したミーリャは、聞こえたであろう回答を脳で咀嚼し、飲み込み、頷いた。それから、冒頭の一言を発する。
汚物を見るように歪められた端正な顔に、なんとか地面から離れることかなったジルは、泣きたい衝動に駆られながらグッと涙を飲み込んだ。
「大体俺はさぁ、荷物持ちが殆どだったわけ! ここまで冒険者ランク上がったのは俺の元ギルド仲間がいたからであってだな……!」
「ちなみにソイツらのランクはなんなのね」
「……上限」
「百ってこと? よくそんな連中がお前を仲間にいれたわね」
「……」
口を噤んだジルが視線だけを横へ。軽く唇を尖らせ、「うるせえ」を口にする。
「俺だってあのギルドによく入れてたなと思ってるよ」
「コネでも使ったのかしら?」
「ちがう」
腫れた頬を抑え、ジルは下を向いてこう語った。
「母さんが、病気で、どうしても職と金が必要だったんだ。だから、一番効率よく稼げるギルドに、しかもめちゃくちゃ冒険に行くギルドに入らせてくれって役場のヒトに頼み込んだ。んで、紹介されたギルドにも、頼み込んだ。三日三晩、寝ずに、ずっと。見兼ねてか、許可が降りて、それから一緒に冒険行くようになって、んでもって最近……」
「……捨てられた、と」
「ちがう!」
即座に否定したジルを見下すミーリャは、呆れたと言わんばかりに嘆息すると、組んだ腕をほどいて近場にあった岩の上へ。どかりと腰掛け、器用に頬杖をつき、目を細める。
「捨てられたようなもんなのね。要はお前はそのギルド連中からしたらお荷物以外のなにものでもなかったわけなのよ。だから、放り出された。本当に仲間と思っているなら、そんなことしないのね」
「ちがうって! あの人たちが俺を追放したのは、俺がバカやらかすからであって、だって、あの時も俺死にかけたから……!」
「死にかけたから追放したって? それは面白い話なのね。普通死にかけたなら鍛えてやるのが、守ってやるのが仲間じゃないの?」
「それは……!」
「そのギルド連中、断言するのよ、お前のことを仲間と思ったりはしてないのね」
吐き捨てられた言葉に、ジルはどうしてか、否定の言葉を返せなかった。まるで喉に石が詰まったかのような閉塞感を感じ、頭がくらりとしてしまう。
立ちすくみ、黙りこくったジル。震える拳を握る小さなその姿に、ミーリャは軽く息を吐くと座っていた石の上から降り、立ち上がる。
「信じる信じないは勝手なのよ。……それより、お腹すいたのね。首都に行く前に、どこかの町で腹ごしらえするのよ」
「アッチに行きましょ」、と告げたミーリャ。彼女が指し示した方向にはなにやら小さな町があり、ジルは無言に。あんな所にあんな町あったっけ?、と疑問を浮かべてから!小首を傾げた。
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