第3話 サファリ

 3月末、ケニアは乾いている。今回はサンドラリーの様相だ。ともえはマッドラリーを覚悟していたが、ちょっと安心した。だが、その気持ちは大きく裏切られた。

 初日に2台並走で走るステージがあり、ラッセルと走ったのだが、出足で遅れて前走車の砂ぼこりをまともに受けることになってしまった。視界不良で、コ・ドライバーが読み上げるペースノートのデータだけが頼りだった。

 サファリラリーの特徴は、クルマにシュノーケルがついていることである。砂を吸い込むとエンジンがストップしてしまうので、シュノーケルで空気を吸入している。だが、前走車が巻き上げた砂ぼこりの中に突っ込むと、シュノーケルからも砂が入り込んでエンジン不調となる。WRC車両はハイブリッドなのでエンジン不調でもバッテリーで走行できるが、WRC2車両にはハイブリッド機能がない。砂を巻き込むのは致命傷となりかねない。

 2日目、ナイバシャを基点にし、6ステージを行う。3つのステージを午前と午後1回ずつ走る。SS4と7は31.5kmもあるロングステージだ。午前中にスコールがあったが、マッドになるほどではない。少し降ってくれた方が砂ぼこりがたたなくて、ドライバーにはいいのだが、午後のステージは砂との闘いとなった。

 WRCカーが苦戦している。特にH社の3人が砂の餌食になった。エースのヌーベルはエンジンに砂が入り、スロー走行を強いられている。T社はサファリで強い。長年サファリで戦っているので、データが蓄積されているし、何といっても砂対策がしっかりされている。ドアをあけた時の車内の砂の量が格段に少ない。その点、H社はまだ経験が少ないので、サファリのような特別なレースは苦手としているのだ。

 ともえは、無理せず無難に走った。ともえにとってもサンドラリーは初めてで、勝手がつかめない。T社の勝山にアドバイスはもらったが、完走ねらいで走れと言われた。特に気をつけるのは小さなジャンプスポットで無理をせず、はねないことだといわれた。それがクルマを壊さないことに通じ、完走につながる。と勝山に言われたのである。見た目には消極的に見えるところもあったが、チーム監督の田中からは

「Good Job !」(いいぞ)

 とお誉めの言葉をもらった。英語で言われるのは愛嬌かもしれない。

 2日目、ともえはWRC2クラスで6位に終わった。総合ではWRCで3台がデイリタイヤしたので、11位である。あとひとつあげればポイント圏内である。

 首位はT社のロバンペロである。昨年のチャンピオンだが、今年はスポット参戦をしている。こういう悪路にはめっぽう強い。2位にはT社のエース、エブンス。そして3位には勝山が入っている。T社の1・2・3独占である。あと2日が楽しみである。

 3日目、夜のうちに雨が降り、コースは泥んこになっている。滑りに滑る。まるで氷の上を走っている感じだ。滑って岩にぶつけてパンクをするマシンが続出だ。ともえは確実な走りに徹している。あるドライバーが

「 It's not the strongest guy who wins here . The smart one wins . 」

(ここでは強いやつが勝つんじゃない。賢いやつが勝つんだ)

 と言っていた。たとえ、スピードが遅くてもパンクをさせない運転をするドライバーが強いということをともえは実感していた。

 昼時、サービスパークでスコールが降った。どしゃ降りの雨で、チームはずぶぬれになりながら作業を行う。監督の田中は水のかき出しに汗を流していた。

 でも、午後のステージには雨がやんだ。コースは乾いている。まさに高速サンドラリーだ。3日目を終えて、首位は昨日と同じT社のロバンペロ。2位に2分以上の差をつけている。そして2位には勝山があがってきた。エブンスはパンクを喫し、4位に落ちた。代わりに3位に入ってきたのがF社のヒルマンである。堅実な走りで順位を上げてきた。5位にはH社のヌーベルがあがってきたが、4位とのタイム差は6分もある。2位争いを3台でやっているという状況だ。

 ともえは、10位に上げた。WRC2クラスでは4位にあがっている。無理をしない走りが功を奏している。

 4日目、今日もドライだが、ところどころマッドが残っている。走りにくいコンディションだ。SS18までにともえは順位を落とし11位になっていた。土曜日までにトラブルをかかえて順位を落としていたドライバーがスーパーサンデーポイントを得るために必死の走りをしていたからだ。だが、10位とのタイム差はわずか5秒。決して抜けないタイム差ではない。

 そしてパワーステージを迎えた。ともえは3番目に出走。最後のアタックなので、少し積極的に走る。途中タイムは前の2台より速い。ところが、高速ストレートから右の90度コーナーのところで、少しスピードを出しすぎ、コースをはみだすところだった。あやうくクルマをヒットさせる寸前の状態だった。だが、そこからステアリングの調子がおかしい。ガタガタが激しくなった。コースコンディションが悪いから仕方ないと思い、ともえはスピードをゆるめることなくプッシュした。

 そして、後1kmのところにあるピレリ看板の左コーナー。ともえはステアリングの違和感を感じた。

(アンダーがひどい)

 予想したよりもクルマが右に流れている。逆ハンをきって修正するが、もどらない。看板にクルマをぶつけた後、ガタンという音ともにクルマは横転した。コ・ドライバーのトムに

「 Are you OK ? 」(大丈夫)

 と聞くと、

「 No probrem . 」(問題ない)

 という返事がきた。クルマの安全対策のおかげでドライバーは無事だ。そこに観客が寄ってきてくれて、クルマを起こしてくれた。エンジンは動くが、タイヤがアウトだ。後ろの右のタイヤがバーストしている。あと1km。タイヤ交換よりも3輪走行を選択した。スロー走行を強いられたが、なんとかフィニッシュできた。結果、総合12位だった。チーム監督の田中からは

「おしかったな。攻めての結果だから仕方ないさ。これも経験だよ」

 となぐさめられた。しかし、もっと賢い走りをしていればこんな結果にはならなかったと悔やむともえであった。

 総合優勝は余裕でロバンペロ。2位に勝山。二人とも無理はしなかった。H社の3人はすごかった。スーパーサンデーポイントやパワーステージポイントを軒並みさらっていった。ちなみに3位はF社のヒルマンである。

 WRC2の優勝は総合6位に入ったグリヤーニ。僅差でオルベルグが2位だった。ともえは4位だったが、ポイントがつかなければ年間ランキングには反映しない。目標は総合10位。それが明確になったレースだった。

 表彰式では、勝山の笑顔が印象的だった。T社が勝ったので、日本国歌が今シーズン初めてながれた。勝山がトップになれば2回、日本国歌がながれる。そうなったら夢のようだ。優勝したロバンペロが勝山へシャンパンシャワーをあびせていた。二人は仲がいい。

 次戦は4月後半、クロアチアである。風光明媚なコースだが悪魔のコースとも言われている。ともえは気持ちをあらたにしていた。

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