おまけSS:アレクの目覚め②

「アレクって、あんたそっくりね」


 カナは呆れている。


 かつての自分が書いたような手紙を見て、ラセルは探索魔術をかけた。が、見つからない。


「あんたも探索避けして家出したじゃない。私に任せて」


 カナは精霊達を召喚した。アレクを探すようにお願いし、精霊達を見送る。


「……これで見つからなかったらダンジョンだね」


 そう言われて、ラセルはさぁ~っと青ざめる。


「あの時の私達の気持ち、わかった?」


「わかりました……」



 しかし、アレクはラセルほど愚かではなかったようだ。精霊達がプライベートビーチでサーフィンをするアレクを発見してくれた。


 ラセルはほっと胸を撫で下ろす。


「迎えに行ってくる。朝飯もまだだろうし」


「私も行く」


 カナもついて来ようとするが、ラセルが制した。


「男同士で話させてくれ。あいつは俺の息子であり、なんだ」



◇◆◇



 プライベートビーチに着くと、アレクが銀髪をたなびかせながら、波に乗っている。息子ながら惚れ惚れとする腕のいいサーファーである。


 波から降り、アレクがサーフボードを漕いでいたら、一人の女の子がアレクのボードに近付いた。


 銀髪の女の子だ。ルナサファリかと思ったが違う。二人は何回か言葉を交わした。そのまま海を出て、二人は海岸の岩に腰掛けた。


 アレクと話をしている女子は、銀髪で猫耳を生やしている。


「その耳、コスプレ?」


「触ってみるかニャ?」


 一見すると若い男女のカップルに見える。だが、猫耳は若い女子なんかではない。何百年も生きている猫又――いや、猫神なのだ。


「どうしよ。俺、帰る家ないんだよね。君の家に泊めてもらえないかな?」


 アレク――15歳ながらナンパ師である。こんなところはラセルに似ていない。ラセルは女子と緊張して話せなくなるタイプなのだ。二人の会話を盗聴しつつ、ラセルは少しだけアレクに嫉妬した。


「なんかさ、俺。ずっとパパっ子だったわけだけど、父上は前世の俺の能力を国のために利用しようと転生させたんだ」


「フムフムニャ」


 アレクは猫神に人生相談をしている。


――なんで相槌にまでニャを入れてんだこいつ。


 猫神は相変わらずニャを連発させている。しかし相槌にニャはどう考えても不要だ。盗聴しつつ心の中でツッコミを入れる。


「なんか、今までも俺、結構我儘言ったりして親を困らせてたかもしれないけど、親の愛情って疑ったことなかったんだ。でも、その根本が揺らいだっていうか。俺、もう家に帰れないよ」


 その言葉を聞いて、ラセルは罪悪感で胸が潰れそうになった。


 かつて、ラセルは親父のような父親にはならないと誓った。


 父は子供を駒以上に見ることはなく、ラセルやシリルは後継者としての駒、ラセル達に粛清された兄達は、駒が踏み台に使うための駒としか見ていなかった。


しかし、結果として同じ想いを……いや、父がしたことよりももっと酷い裏切り行為を息子にしてしまった。


「そうなのかニャ? 帰らなくていいのはわかったが、どうやって暮らしていくニャ?」


 銀髪猫耳は先を促した。


「せっかく生まれ変わったし、また魔術の研究がしたいな。前世の時よりも技術が進歩してるし。前世では作れなかった魔道具も作れそうだ。でもそれって父上の思いどおりになっちゃうみたいで嫌だな。どこか別の場所で、名前も変えて、こっそりと魔術の研究ができないかな」


「パパ達は連れ戻しに来るんじゃないかニャ?」


「どうだろうね。でも俺はどこまでも逃げたいな。父の思いどおりにはなりたくないんだ」


 銀髪猫耳は、ツインテールにした髪を揺らしながらラセルを振り返った。ニッコリと笑う。


「アレク――」


 猫神はいきなりアレクにキスをした。


「あーーーーッ!」


 つい大声が出てしまった。アレクはギョッとしたように振り返った。


「うん。美少年の唇はよいものニャ」


 猫神はご満悦の表情だった。


 相手は神様である。ラセルは渋々と片膝をついて礼をした。


「お久しぶりです、テトネス様」


「久しぶりニャ。そしてご馳走様ニャ。とてもいい唇だったニャ」


「それは良かったデスネ」


 昔は自分もキスをされた。長男のクルトもされたらしい。キス魔の猫神は、若い王子の唇から英気を養っているのだろうか。


「アレク、アレクはキャッツランドに残ってほしいニャ。パパのことは嫌いでも、オニイチャンの傍にいてあげてニャ。アレクは王宮執政官になるニャ。『王佐の刻印・仮』をあげるから残ってニャ」


 そう言って、猫神の気配が消えた。その場にはラセルとアレクだけが残された。アレクの左手にはうっすらとした刻印が残されていた。


「アレク、ごめん。俺が全部悪かった。アレクの事利用しようとするなんて、最低だった。アレクは国のために何かしようなんて考えなくていい。出て行きたいなら出て行っていい。でもたまには帰ってきて……。俺、アレクの事が大好きなんだ」


 一気にそう言って頭を下げた。


「……父上。じゃあなんであんな凝った魔術使ってまで、三流テロリストを転生させたの? 国のために働かないなら意味ないじゃないですか」


「ごめん。本当は先輩を助けたかったんだ。でもそれはできなくて。もっと仲良くなりたかったんだ。友達になりたかった。今は軽率なことしたって反省してる。本当にごめん」


 ラセルはごめんを繰り返してアレクの横に座った。頭をぐりぐりと撫でた。アレクは手を振り払わなかった。


「その先輩って人の記憶、全部俺の中に残ってる。本当は、父上のこと憎んではいなかったと思う。ただ、妬んでただけ。今は、俺が父上の立場になっちゃったね。俺も王子で恵まれてるから。多分、俺の事嫌い……というより、妬んでる人はいると思う。妬みが殺意に変わることもあると思う」


 アレクはぽつぽつと話し出す。サイラン・アークレイの記憶を完全に今の自分と切り離していることに、ラセルはほっとした。


「俺、魔術師になるよ。オリジナル魔術作るのが本当に楽しい、ワクワクするっていう先輩の記憶が頭の中にあるから。父上と母上の遺伝で強い魔力をもらえたし、前世以上にいい魔術ができそうな気がする」


 アレクはニッコリと笑った。ラセルはアレクが生まれてから、初めて笑った時の事を思い出した。笑ってくれただけで嬉しかった。ただ、アレクが笑うだけでみんなが幸せになれた。


 それでいいんだと思う。才能を利用しようなんて思うべきじゃなかった。ただ、アレクが幸せであれば、それでいい。


「どんな道を選択しても、アレクが幸せになれるなら俺は応援するよ」


 ラセルは純粋にそう思った。

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