みんなありがとう
「よし、じゃあ行くか」
ラセルは私をお姫様抱っこして、ふわっと空を飛んだ。カグヤの軍艦が遠く離れ、深い海が眼下に広がる。
「うわぁぁ! 高い! 怖いから!」
「大丈夫。俺がお前を落とすわけないだろ」
そのまま、シリルが待つキャッツランドの軍艦にふわりと着地する。なんて便利な魔法だろう。その他のキャッツランドの主要メンバーも、カグヤの魔術師達の飛行魔術で船を乗り移ってきた。
「お久しぶりです! 陛下!」
シリル、そして周りの臣下の方々が跪く。
「シリル、みんなも顔をあげてくれ。改めて俺の妻を紹介する」
ラセルは私をそっと降ろしてくれたけど、足元がふらふらする。
「は、初めまして。カナ・ヒルリモールです。よろしくお願いします」
うまく挨拶できたのか謎だったけど、みんな目を輝かせて私達を見ている。
「やっと生の義姉上に会えました。貴女の親愛なる義弟のシリルです。誓約したとおり、私は義姉上を守る剣になります」
生シリルは、ラセル同様に神力の影響なのか直視できないくらい美しい。ラセルがカッコイイに寄せた美しさなら、シリルは可愛いに寄せた美しさだ。
こんな義弟ができるなんて、夢のようだ。
「では改めて、軍事演習といきますか。カグヤ軍には負けませんよ!」
神殿での交信でもお見かけしたキャッツランド王国軍軍団長も張り切っている。
艦隊が猛スピードでチクリン島の海賊基地へ侵入し、大砲を打ち鳴らす。海賊の残党達も沿岸から応戦している。キャッツランドとカグヤから大量の兵が上陸し、激しい戦闘が始まった。
約半刻ほどで無人島を制すると、生け捕りにした海賊達をカグヤの船に乗せている。
「軽傷数人……本番だったらこうあっさりとはいきませんよね。白兵戦となると、犠牲が想定より大きくなる可能性が高い」
味方の犠牲を数えていたシリルが、ラセルと王国軍軍団長に鋭い視線を送る。
「……そのことなんだけど、別に俺らが上陸する必要なくない?」
ラセルが悪党のような笑みを浮かべる。白兵戦にやる気ムンムンの王国軍軍団長が怪訝な視線を送る。
「私もそう思っていました。人命だけは取り返しがつきませんからね」
シリルも悪い笑みを浮かべている。
悪党兄弟――二人は相当悪いことを企んでいるに違いない。
◇◆◇
「カナ様、ついに来ましたよ。メイクと着替えをしちゃいましょう!」
軍艦はチクリン島から猛スピードでテール島へと進み、海底神殿のある付近で停止する。周りを21隻のキャッツランド軍艦と、10隻のカグヤ軍艦で囲まれている。
レイナは途端に張り切りだして、私に純白のドレスを着せる。そしてティアラを載せて、いつもより濃いメイクを施していく。アクセサリー類は、ティアラ以外はレイナが選んでくれた。
ついに結婚式かぁ……。ラセルのお嫁さんになるんだ。日本にいたころは、一生結婚なんて縁がないと思っていたのに。
「カナ様……鬼美しいです!」
メイクの完成度にレイナがうるうるとしている。私も鏡を見て思う。昔の顔色の悪い私はもういない。
聖女の力が覚醒して、ラセルの神力も受け取って。でもそれだけじゃない何かが私を変えた。
「レイナ……本当にありがとう。今の私がいるのは、レイナを始めとするみんなのおかげだよ」
改めてレイナに感謝を伝える。レイナだけじゃない、ラセルもキースもビスも、たくさんの人が私を変えてくれた。
でも、レイラはその中でも特別な人だ。女の子の親友で、いつも私の味方でいてくれた。時に、主君であるラセルにも、身分が上であるキースにも、私を庇うために強い意見を言ってくれた。
「レイナ……本当にありがとう。あなたがいてくれたから、私はこの世界でやってこれたの」
涙が出そうになるのをなんとか堪える。まだ何も始まってないのに、メイクが崩れたら大変だもの。
私が泣くのを堪えているのに、レイナは目に涙を溜め始めた。
「私の方こそ……ッ……ヒク……カナ様がいてくださったから」
「もう!……泣かないでよッ!」
そんなじゃれあいをしていたら、キースが迎えにきてくれた。
「お前らなんなんだよぉ。まるでカナとレイナが結婚するみたいだな」
私たちのラブラブ具合に、キースが呆れながら笑った。
「カナの国――ニホンでは、父上のエスコートで新郎のところまで行くんでしょ? 父上を連れてくるのを忘れたから、とりあえず俺ね。一応俺の妹って設定なんだし、いいよね」
いつかラセルに話した日本の結婚式のことを思い出す。そんな細かいことまで打ち合わせしてくれたとは。
「そうだね。キースは本当に、私のお兄さんみたいなものだよ。同い年なのに、たまに大人びてるもの」
ラセルの半生ロードショーでも、いつもラセルを助けてくれていた。私のことも温かい目で見守ってくれていた。キースは本当に心の優しい、しっかりとした男子なんだと思う。
「あいつのこと、頼むね。やっと俺もあいつを泣きやませる役から解放されるよー」
「まだ解放されないでよ。水害レベルで泣かれたら、私だけじゃ慰めきれないよ」
甲板に出ると、各軍艦から祝砲があがる。国王の正装をしたラセルが眩し過ぎる笑顔で私に手を伸ばす。その手を取って歩きだした。
ラセル、大好き。カッコよくて、強くて努力家で。寂しがり屋で泣き虫なラセルが本当に大好きなの。
誰よりも優しいラセルが悪党を目指す。でもそれがラセルの信念なら、ラセルの心が壊れないように私が守る。
こんな風に誰かを愛おしく想うなんて、今までの私なら想像もできない。ラセルがたくさんの感情を教えてくれた。
ラセル、本当にありがとう。
神儀を執り行うシリルが王佐の刻印の力を解放した。シリルからまばゆい蒼のオーラが放たれる。その姿は神々しく、まるで天使のようだ。
「キャッツランドの偉大なる女神――テトネス様の我儘な姿での降臨」
蒼のオーラが空中に集まり、そこにあのツインテール女神が降臨した。
『ようやく二人とも観念して、国王と王妃になることを決意してくれたニャ。勝手に逃亡したり、婚約破棄しようとしたり、我儘な国王と王妃ニャ。でもキャッツランドは猫の気まぐれと我儘の力に支えられている国ニャ。ぴったりな二人ニャ』
ツインテール女神もニッコリと笑う。
「テトネス様、俺はカナを一生大切にします。子供が産まれたら全員クソ可愛がります。自分の子供だけじゃなく、国中の子供を幸せにする政策をします! そして……キャッツランドを我儘の力により、今よりもよりいい国にしていきます」
ラセルが誓いの言葉を述べる。我儘の力ってなんだろう。細かいことは気にしちゃダメなのかな。
「テトネス様、私も一生ラセルを幸せにします。一緒に楽しい家庭を築いていきたい。そして聖女と……わ、我儘? の力によっていい国にしていきたいと思います!」
ツインテール女神は、私の前に降り立つ。
『これは14歳のラセルにしてあげたのとお揃いニャ』
そう言うと、ツインテール女神は私の唇に熱いキスを落していく。
「あーーーーーッ!!」
ラセルが悲鳴をあげるが、女神はすぐに宙に浮いた。
『私の祝福を受けた王妃は、そなたが何人目かニャ? とっても気に入ったニャ。たまには神殿に遊びにきてニャ』
そう言うと光の中に消えていく。まるで夢を見ているような時間だった。
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