シャム猫が現れる
いよいよ明日、カグヤ王宮を旅立つ。
出発前に女王陛下、王配殿下にご挨拶することになった。実は王配殿下とは初対面。
元キャッツランド王族ということなので、ラセルにとっては義理ではなく血のつながりのある叔父様ということになるんだよね。ラセルの血縁者だけに、麗しいイケオジだ。
「ラセルが国王ねぇ……」
王配殿下はそう言って、ラセルの肩をぽんぽんと叩いた。
「ほんと、まさか俺が? って感じなんですけどね」
ラセルも苦笑してそう答えた。
「大丈夫だよ、あの兄上ですら勤まったんだから。健康にだけは気をつけるんだよ」
王配殿下は叔父らしくラセルの健康を気遣って、優しくそう言ってくれた。
「まさか貴方が国王だなんて……。貴方を息子にする私の計画が狂ったわ。でもいいわ。国王引退したらカグヤへ移住しちゃいなさい。どうせ20年そこそこで引退でしょ」
女王陛下は、心底面白くなさそうな顔でそう言った。
すぐに子供を作って、長男が王位継承者だったらそうなるけど……。果たしてどうなることやら。そして女王陛下はラセルのつやつやの髪に手を伸ばす。
「すごいわ! 髪がつやつや! どういう効果かしら! ちょっと、あなたも触ってみて!」
王配殿下にも呼び掛けて、なぜか夫婦でラセルのつやつや髪を触りまくっている。確かにつやつや具合は増していく一方なのだけど。
「俺は昔も今も、あんたら夫婦の玩具だな、まったく……」
ラセルはやれやれという表情でされるがままになっている。
そして女王陛下の挨拶のあと、二人で神殿に向かった。ルナマリア様にも挨拶しておかないと。
神殿に入ると、ルナマリア様が別れを惜しむように涙ぐんでいる。
『ラセル陛下、色々とごめんね』
「別にルナマリア様は悪くないし。従兄についてはちょっと根に持ってるけど、助けてくれたんだし、逆に感謝してます」
12歳の魔力暴走時、ルナキシア殿下がここに駆け込まなければ、ラセルはどうなっていたんだろう。私も頭を下げる。
「ルナマリア様、ラセルを助けてくれてありがとうございます! 絶対にまた会いに来ます」
すると、ルナマリア様はいたずらを思いついたような笑みを浮かべる。
『キャッツランドにも神殿があるって言ったでしょ?』
そういえばそうだった。だからシリル達と交信ができたんだ。
『だから、実はお別れじゃないの!』
「なんと!! ではこれからも、いつでも会えるじゃないですか!」
私は狂気乱舞した。だって、お友達のように感じていたから。
『ここにいても誰も来てくれないし。だからカナがキャッツランドの神殿に来てくれるととーっても嬉しい!』
女同士の厚い友情を、ラセルは後ろから微笑ましく眺めていた。
◇◆◇
神殿を出た時には、既に日が落ちていた。半月になった月に照らされながら、ラセルと手を繋いで歩く。
「王配殿下もキャッツランド王子ってことは、猫に変身できるの?」
「もちろん。あの人はキジトラ柄の猫だよ。あの人と添い寝する時は、二人で猫になったんだ」
「なにそれ。ものすごーく可愛いんですけど!」
猫団子で添い寝かぁ。想像したらなんだか可愛い。
「カグヤ滞在中はしょっちゅう猫になって、この国の幹部と添い寝したんだ。宰相や国防軍軍団長は、叔父上とは添い寝したがらないからね」
「な、なんで?」
「そりゃ、正体がオッサンとわかってる猫と添い寝するより、正体が美少年の猫の方がいいに決まってるじゃんか」
確かに、15歳当時のラセルは可愛かった。日本にいたらアイドルのスカウトが来たと思う。それにしても、宰相や王国軍軍団長さんはいかついオッサンなのだ。美少年とオッサンの添い寝。誰も反対しなかったのだろうか。
「……あなた、色々と大変だったのね」
よしよしと慰めたところで、ハッとその存在に気がついた。
中庭の枯山水に、高貴な佇まいの一匹の猫がいる。
基本ベースは白色だが、顔や足先にグラデーションのような黒色が入っている――シャム猫だ。ラセルはビクッとしたように立ち止まった。
「こんなところに猫?」
ラセルが黒猫、叔父様がキジトラ。この子は一体?
「カナ、あいつに近寄るな」
ラセルが鋭い声で、シャム猫に手を伸ばそうとした私を制止した。
「猫はキャッツランドにしか生息していない。そしてあいつは叔父上ではない。もしかすると魔獣? 邪悪な気を感じる」
ラセルは敵意むき出しで身構えている。
「邪悪かなぁ……可愛いと思うんだけど」
そこはかとない気品まで感じる。私には魔獣には見えないけど。
「可愛くない。こいつはどうも変だ」
すると、シャム猫は枯山水をじゃりじゃりと乱しながらこちらに歩み寄ってきた。
「魔獣とか邪悪とか酷くない?」
若い男性の声だ。喋る猫。ということはキャッツランド王族の猫変化!?
「久しぶり、ラセル。この姿では初めて会うかな」
ラセルを一瞥したあと、シャム猫は私を目を輝かせながら見上げてきた。
「おぉ……貴女様が聖女様。この世の救世主よ。なんてお美しい」
人間の声で喋ったあと、にゃぁ~と甘えた声で擦り寄ってくる。それを素早くラセルがキャッチし、枯山水の方へ放り投げた。
「ちょっと! ラセル、さっきから変だよ! 猫に乱暴するなんて!」
猫に駆け寄ろうとするのを、またラセルに制止されてしまう。も、もしかしてこの子が、クズオブクズなお兄様だったりして?
「…………よく、俺の前に顔を出せたな」
ラセルは殺気走った目で、シャム猫を睨んだ。
「なに怒ってるの? 俺は君を怒らせるようなこと、何もしてないじゃん」
シャム猫はけろりとした声で飄々とそう返した。
「あ、手紙シカトしたの怒ってるの? だって返事書きようがなくない? 君は八百屋にもヒモにもなれるわけないし。シリルを止めてって書いてあったけど、君の八百屋開業を阻止してるのはシリルじゃないじゃん。例えシリルが黒幕でも、俺にシリルを止められるわけないじゃん。俺はなーんもできない無能なオッサンだもの」
シャム猫はラセルを小馬鹿にしたように、後ろ足で首を掻き始めた。
「ていうか、君に会いにきたんじゃないんだよね。俺は天下の大聖女、カナ様に会いに来たのだ! いやぁ、なんて神々しいオーラだ。俺の生きている間に聖女様にお会いできるとは。長生きはするもんだねぇ」
捕まえようとするラセルの手を俊敏に避けて、シャム猫は私の胸に飛び込んでくる。
「聖女様、俺は今のキャッツランド王族では唯一のシャム猫なんだ。シャム猫可愛いだろう? たまに聖女様に会いにいくよ。だからラセルには内緒で会ってよ」
なんだか不倫のお誘いのように聞こえてくるよ。
ラセルはとても傷ついた表情で立ちすくんでいた。シャム猫を構っている場合ではない。
「……そっか。俺には興味ないもんな。俺に会いにくるわけないよな」
絞り出すようにそれだけを言って、俯いた。
「へ? 自分に興味持ってほしかったの? なんで?」
シャム猫は首をかしげている。この猫、ヤバいわ。サイコパスってこういう人(猫?)を言うんだわ。
「あの、貴方、前国王陛下ですよね? 子供が親に興味を持ってほしいって願うのは、そんなにおかしなことなんでしょうか!? それに、ラセルに内緒でお義父様には会いませんッ! 息子の嫁と密会しようなんて、どういう了見なんですか!?」
にゃあにゃあと名残惜しそうに足をばたつかせるお義父様を、身体から引きはがして岩の上に座らせた。
「えぇ~。別に不倫しようね、なんて言ってないよ。恐れ多くも聖女様にそんな誘いするわけないじゃん。俺は猫として……」
「猫でもいりません! 確かにシャム猫は高貴で可愛いですけど、私は黒猫推しなんです!」
「えぇ~……。いろんな猫と添い寝した方が楽しいのにぃ」
ちょっと本気で怒りそうになってきた。でも暖簾に腕押しとはこのことよ。まったくこの猫には響いていなさそうだ。
「…………二度とカナに会いに来ないでほしい。キャッツランドにも足を踏み入れないでほしい。これは国王としてのお願いだ」
ラセルは涙目になっている。面と向かって「興味持ってほしかったの?」なんて聞かれたショックで、メンタルに大ダメージを負っている。
「俺のこと、国外追放処分にするってこと? 一体俺が何したって言うんだよ。君がへらへらとカグヤで呑気に暮らせたのだって、俺のおかげなんだからね。やっぱラセルは可愛くないわ。こんな可愛くないのが歴史に名を残す為政者になるなんて。あーあ、俺も聖女様と出会えていたら今ごろは……」
お義父様はプンプンと尻尾を振りながら、ラセルを睨みつけた。
「……あんた、息子で可愛く思ってたヤツなんているの? 俺とシリルは、あんたの息子でもある第五、第六王子の粛清を計画している。それについてはどう考えてんの?」
ラセルは平坦な声でそう問いかけた。しかしそこはサイコパス。案の定な答えが返ってくる。
「あぁ……その粛清によって、内外に君とシリルは苛烈な為政者であることを示せるよ。各国の新聞が偉い騒ぎになるところまで俺には見えたよ。良かったねぇ、踏み台に使えるクズな王子がいて」
ラセルは愕然とした表情で手を震わせていた。
「あんたの息子が、別の息子を殺そうとしてるんだぞ。それを聞いた答えがそれなのか」
「利用できるもんはなんでも利用する。それが為政者ってもんでしょ? 今さらなに言ってんの? ねぇ、聖女様。この人なんでこんなに怒ってんの?」
お義父様は心底わからない、というように首をかしげ、私に甘えるようにニャーニャーと鳴いた。
「あんたがちゃんと育てなかったから、第五第六王子がクズになったんじゃねぇかよ! あいつらにも俺とシリルにも、これっぽっちの愛情もないんだな。クズ王子よりあんたが悪い。あんたが元凶だよ!」
お義父様を断罪しつつ、ラセルの堪え切れなかった涙が頬を伝う。慌ててハンカチで涙を拭ってあげた。ラセルの震える手を握りしめる。あなたは一人じゃない、そうメッセージを込めて。
「あのさ、君は国王なのに
うわぁ……話が通じないってこういうことだわ。全部が噛みあってない。お義父様は呑気に毛づくろいを始めた。
「それに、君とシリルについては愛情はちゃんとあったよ。君達がいなかったら、俺はずーっとあの牢獄のような王宮に縛り付けられてたんだもん。君が産まれた瞬間、俺がどれだけ嬉しかったか。やっとの後継ぎか! ってね。あと何人か輸出に必要かなって思って王妃には言わなかったけどね」
それって、単に利用価値があるから愛情があったってだけだよね。それがラセルにも伝わってしまったのか、悲しそうに俯いた。
「そっか。後継ぎってわかるんだ? 産まれた瞬間に?」
ラセルは感情がこもらない声でそう聞いた。これから後継ぎを作るうえで必要な情報だ。
「うん。うっすらと刻印のようなものを感じるよ。テトネス様に正式に刻印を授けられて、初めて目で見えるようになるけどさ。国王にはわかるんだ。例え、魔力がまったくない赤ちゃんでもね」
ラセルは納得したように微笑んだ。
「ありがとう、教えてくれて。でも、もう会うことはないだろう。カナにも会いに来ないでほしい。あんたとは縁を切る」
そして、私には
力をブーストするわけでもなく、無敵になれるわけでもない。ただ、果てしない幸運が宿るようになる。これがラセルのお義父様への餞別。片思いではあったが、ラセルの深い愛情を感じた。
私はシャム猫の首にペンダントをかけてあげた。ずるっと身体から落ちてしまったけど。
「おぉ~。なんかすごい聖なる力を感じるよ。くれるの? ほんとに?」
お義父様はとても喜んでいる。縁を切るって言われたのに。
「……早く王宮を去れよ。衛兵を呼ぶぞ」
そう言われてお義父様はワタワタとし始めた。
「わかった! あの女王に見つかったら大変だ! じゃあな! またね、聖女様!」
「またはねぇって言ってんだろこのクソ親父!!」
ラセルの罵声を浴びながら、ペンダントを咥えた猫は颯爽と王宮を去っていった。
「俺はああいう父親にはならない。絶対に」
ラセルは暗い表情でお義父様を見送った。
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