何かを忘れている気がするんだ キースside

 寝苦しい夜だと思い、キースは甲板に出る。


 満月から少し欠けた月が見えた。海に浮かぶ大きな月を眺めていると、かすかな頭痛がする。


――なんだろう、この感じ。


 壁に寄り掛かって月を眺めていたら、ラセルが甲板の扉を開けたのに気付いた。


「あれ? キース、眠れないのか?」


 ラセルもまた眠れないようだ。


「ラセル、なんか頭痛いんだけど」


「珍しいな。キースは頭痛持ちじゃないだろ」


 ラセルが軽くヒールしてくれた。


「ありがと。あのさ……カグヤにいた時のことなんだけど……細かいことが思い出せないんだ」


 今までなんとも思っていなかったのに、カグヤが近づくにつれて感じた違和感。ラセルはどうなのかと打ち明けた。


「ストレスで記憶失くしたとか? 公爵令息のボンボンがいきなり王宮に住まわされて、強引なおばちゃんに肩揉めだの、あれ持ってこいだの扱き使われてさ」


 そう言われて、強引なおばちゃんにあれやこれやといいように使われたことを思い出して、吹き出した。


「強引なおばちゃんって……仮にも女王陛下に向かって」


 そして急にラセルは神妙な表情になった。


「なんかごめん。俺のせいで、キースを家族から引き離しちゃって」


 その言葉――聞き覚えがある。


「そうだ。その台詞、前に何回も聞いた。あの頃のラセルって、謝ってばっかだったよね。気にしなくていいって何回も言ったのに」


 今よりもずっと身体が弱くて泣き虫だったラセルを、毎日のように慰める日々だった……ような気がする。ラセルはいつからこんなに図々しい性格になったんだろう。その細かい記憶がキースの中からぽっかりと抜けている。


 しかし、ラセルもキースと状況は変わらないようだった。


「言われてみれば、俺もあんまり覚えてないや。学校も休みがちだったし。ベッドでゴロゴロしてた記憶ばっかだな」


「休みがちだった割には、成績は常にトップだったよね。俺の宿題手伝ってくれたし」


「そりゃ天才だからな」


 当時のラセルは間違っても天才発言なんてしなかった気がするのだが……。


「ね、ねぇ。今のラセルは風邪ひとつ引かない、いかにもキャッツランド王族って感じの生命力の強さだけど、いつからそうなったんだっけ?」


 それを思い出そうとすると靄がかかったように記憶が定かでなくなる。頭を押さえていると、ラセルも首をかしげている。


「確か、15歳くらい? あれ? もっと前だっけ? なんだったんだろう。でも、キースの家で居候してた頃はそんなに病気してなかった気がする。あれ……なんで思い出せないんだろ」


 ラセルはカグヤへ行く前の8歳から11歳まで、ヒルリモール家で養育されていた。


 確かにヒルリモール家にいた時は、ラセルも毎日剣の稽古を欠かさないくらい健康だったはずだ。カグヤに着いた直後もそんな感じで……。


 キースもラセルのついでとばかりに、ルナキシアにしごかれた地獄の思い出が蘇る。でも、いつの間にかラセルが病気がちになって、ラセルの看病を理由にしごきから解放された気がする。


「……そもそもカグヤに行ったのって、父上が勧めたんだよね? なんでだろう」


 ラセルは王族だから、公爵家でこのまま過ごすより、カグヤ王家の庇護を受けたほうがいいと突然父が言ったのだ。なんでも国王陛下がいきなりそう言いだしたとか……。国王なんて、それまでラセルの存在を忘れていたような感じだったのに。


 ヒルリモール公爵家は、父も母も兄もラセルを実の子以上に可愛がっていた。カグヤに行かせるのを母は泣いて嫌がっていたのだ。離れたくないと……。


 しかし父はそんな母を宥めて、キースまでも一緒にと言いだした。そのほうがと。


 ヒルリモール家はラセルを純粋に可愛がっていただけで、彼を家の栄達のために利用しようとする考えは一切なかった。今とは異なり、当時のラセルは魔力量0の子供だったのだ。王位継承権が生まれるはずもなく、出世の見込みもない。


 ラセルにくっついていたところで、キースが出世するという考えも当時はなかった。打算なく付き合える、仲のいい友達という感覚だった。


 将来のため、とは一体……。


「カグヤじゃ、おばちゃんにはこき使われてはいたものの、結構可愛がってもらった気がするし。でもよく考えたら細かい出来事は覚えてないんだよな。ルナキシア殿下がカッコよくて憧れたなぁ……ってくらいしか」


「ラセルはジュニアアカデミーで、演劇同好会に入ってたよね。なんでいつも悪役ばっかり演じてたんだっけ?」


「そりゃ、悪役の方が台詞が面白いからだよ。俺が立候補してたの! 嫌われものだから悪役割り当てられたわけじゃねぇし。キースはなんだっけ? 確か犬と遊ぶヤツだったよな?」


「そうだ! ドッグスポーツ同好会だよ。ずっと猫しか飼ってなかったし、犬と戯れるクラブに入りたかったんだよね」


 ちなみに犬は学校で飼われている小型犬だった。同好会のメンバーでお世話していた。


 ラセルと話しているうちに少しずつ思い出してきた記憶。でも肝心なところが靄がかかったように思い出せないのは相変わらずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る