この木にもあの木にもさくら咲きにけり

【読み】

このきにもあのきにもさくらさきにけり


【季語】

さくら(桜)〈春〉


【大意】

この木にもあの木にもサクラが咲いたのであった。


【付記】

先立って似通った趣向の句をよんだが、まったくおなじではないので大目に見られたい。


中七は「あの木にも花」とありたいだろうか。字余りを積極的に技巧として認めるつもりはないが、中七をそう改変したら何の面白みもない句になってしまうかと懸念している。


【例歌】

あしひきの山桜花日並けならべてかく咲きたらばいたく恋ひめやも 山部赤人

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平

深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け 上野岑雄かみつけのみねお

いにしへの奈良の都の八重桜けふここのへににほひぬるかな 伊勢大輔

くれなゐのうす花ざくらにほはずは皆しら雲と見てやすぎまし 康資王母やすすけおうのはは

山かげにやせさらぼへるいぬ桜おひはなたれてひく人もなし 源俊頼みなもとのとしより

道遠くなにたづぬらむ山桜おもへばのりの花ならなくに 藤原俊成

山桜ちりに光をやはらげてこの世に咲ける花にやあるらむ 同

仏には桜の花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはば 西行

かぐはしき桜の花の空に散る春のゆふべは暮れずもあらなむ 良寛

あららかにとがむる人のこころにも似ぬはせき屋のさくらなりけり 橘曙覧たちばなあけみ

あまつ日のうらうら匂ふ岡のうへの桜を見れば神代かみよしおもほゆ 伊藤左千夫

をしまれて散るよしもがな山桜よしや盛は長からずとも 樋口一葉


【例句】

唐僧たうそうも見るや吉野の山桜 凡兆ぼんちょう

うかれける人や初瀬の山桜 芭蕉

さまざまの事思ひ出すさくらかな 同

のもとに汁もなますも桜かな 同

うらやましうき世の北の山桜 同

奈良七重七堂しちだう伽藍がらん八重ざくら 作者不詳

やまざくら銭をつかへば坂もなし 尚白しょうはく

花はよも毛虫にならじ家桜 嵐雪らんせつ

なまぐさき風おとすなり山桜 同

見返へれば寒し日暮れの山桜 来山らいざん

松坂や越後屋とへば江戸ざくら 許六きょりく

五里なぞは朝茶の子也山桜 凉菟りょうと

饅頭まんぢゆうで人をたづねよ山ざくら 其角きかく

去年こぞも咲きことしも咲くや桜花 鬼貫おにつら

しかはいざ伊勢の辰巳の山桜 露川ろせん

鉄炮の失先にちるや山桜 卯七うしち

山の字に神もさびけりやまざくら 支考しこう

さくらさくひとへに弥陀のひがん哉 同

風流の国主こくしゆなるらん山ざくら 北枝ほくし

鐘のなひ寺にもちるや山桜 乙由おつゆう

咲き出すといなや都は桜かな 太祇たいぎ

象の眼の笑ひかけたり山桜 蕪村

銭買てるやよしのの山ざくら 同

世の中は三日見ぬ間に桜かな 蓼太りょうた

人影や月になりゆく夕桜 抱一ほういつ

夕ざくらけふも昔に成にけり 一茶

消え残る神のともしや朝桜 井月せいげつ

大和やまとさくら山城やましろで伊勢はよみ

奈良桜一重余計に匂ふ也

女らしき虚無僧見たり山桜 夏目漱石

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