第31話 後援という名の

「えーと、単に俺が良く分かっていないんだけど、後援者って何をするの?」

「資金を出して頂いたり、継続的に発注をして頂いたり、伝手を使ってお客様をご紹介してもらう辺りが一般的でしょうか」

「そこまでは俺の認識とそんなにずれてないな」


「それで、こちらからも何かご提供しなければ後援者の方にメリットがないことになりますね」

「メリットですか? 後援することで素晴らしい作品が数多くできます。そのための行動ではないのですか?」

 ボッティチェリなどを支援したメディチ家がそんな感じだったと歴史の授業で習った気がする。


「名の知れた芸術家の方でしたらそうかもしれません。でも、私は無名ですし、あくまで土産物を作っている職人にすぎません」

「いや、そんなことはないでしょう。ギサール様から頂いたこのカメオ、とても素晴らしいと思います」

 アンジェは笑みを浮かべた。


「お褒めいただきありがとうございます。ただ、現実には世間からは私の作品にそこまでの価値はあるとみなされてません。それで実際のところはどうであれ、世間は私は後援者の方に対価を差し出していると考えるでしょう」

「その、対価というのはなんです?」

「……私自身です」


「あ……、えーと」

 言葉に詰まってしまう。

 時間稼ぎのために水を飲んだ。

 ぽりぽりと首の後ろを掻く。


「それでは、あの領主の意に従うのと変わらないでしょう?」

 アンジェは淋しそうに微笑んだ。

「そうかもしれません。でも、ただの情人と後援者では私に対する扱いが違います。表向きはあくまで私の活動を支援していることになるので。少なくとも目に付く形で後ろ指をさすことはないと思います」


「アンジェさんの窮状は理解できました。でも、なんで俺に頼むんです?」

「コーイチ様が素敵な方ですから」

「あー、私の立場がってことですね。あの男と事を構えるだけの力を持った人間が俺の他にはいないと。ギサール様は成人前だし、後援者になったりすると評判に関わるから候補になりえず、残るは俺というわけですね」


 アンジェは顔を伏せる。

 はっきりと言わないのは雰囲気を大切にしたということだろうな。

 でも、俺はそこは明確にしたい。

「身も蓋もないない言い方をすれば、あのオヤジよりはマシということですか?」

 アンジェは俺と視線を合わせ告げた。

「いえ……、そんなことはありません。ナジーカと比べるなどコーイチ様に失礼です」


 はい、そうです、とは言えるはずがないから愚問だったな。

「結局のところ、おれの力の源泉はギサール様なわけで、そういう意味でも俺の一存では決められないですよ」

「それは理解しています。それにギサール様はいい顔をされないだろうことも分かっています」


「いや、ギサール様はそんなに薄情じゃないと思うけどな。アンジェさんの技量には随分と感心していたし」

「もちろん、私の立場には同情されていると思います。でも私は所詮は他人です。しかも、コーイチ様の人の好さに付け込んでいると判断されるでしょう。あれだけコーイチ様のことを大切にされているのですから」


「ちょっと話がずれるけど、ギサール様の俺への態度ってやっぱり普通じゃない? 前も一般的な従者への態度とは違うって言ってたけど」

「そうですね。はっきりと言えば、かなり異質だと思います。友人ではないですし、兄弟のようなというのも違います。うまく説明できないのですわ。とても仲が良いなとは思いますけど」


 やっぱり他人の目から見てもそうなのか。

 一度アンジェは口をつぐんだ。

 しばらく考えていたが、意を決したように話し始める。

「一般的にお互いの肖像のカメオを所持するというのは恋人や夫婦の場合が多いです。二人の姿を彫ったものをそれぞれ持つというケースもありますが」


 そうだよな。

 スマホの待ち受けをお互いの写真やツーショットにしてたりする。

 俺自身にそういう経験はないけれども。

 この世界でお互いにカメオを持ち合う意味は確認できた。

 さて、それはそれとして依頼に対して回答しないとな。


「話は分かった。今はそれぐらいしか言えないな」

 俺の言葉にアンジェは弱々しい笑みを浮かべる。

「なら、先に誠意を見せろ、と言わないだけコーイチ様は誠実なのでしょうけど……。すぐに色よい返事を頂けないのは仕方ないですね」


 なるほどねえ。

 ここでグヘヘとするのもありなのか。

 でもなあ、俺はパパ活の相手をしたいわけじゃないんだよ。

 もっとこう、好き好きっていうイチャラブがしたいんであって。

 まあ、そう言いつつもあまりの淋しさにお店にいって体験済みだけどさ。


 結構な金額を払ったので、相手はきれいな子だったけれども、特にこれといった感慨が生まれはしなかった。

 快感ではあったけど、それだけって感じ。

 満ち足りた気分には全然ならなかった。


 考えてみれば、俺はもうすでに好き好きビームを浴び続けている。

 相手は男の子だけどな。

 よく分からないけど、たぶん幸福を感じているんだと思う。

 毎日眠りにつくときにいい気分だし、翌日が来ることが楽しみだ。

 一時的に性欲を満たすことは、それに比べると全然魅力的じゃない。

 俺はやっぱりちょっと他人とは変わっているのかもしれないと思いつつ、アンジェに曖昧な笑みを返した。

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