第6話 やりたいこと

「ねえ、コーイチ。本当に大丈夫? ちゃんとお昼食べた?」

 部下の食事の心配までしてくれるなんて、爪の垢を煎じて以前働いていた会社の上司に飲ませてやりたい。

 もちろん手も足も合わせて20本分。

 残念ながら身ぎれいにしているギサール様の爪に垢なんてないから実現は無理だけど。


 いかん、いかん。

 感慨に耽っている場合ではない。

 きちんとお仕えしなくては。

「お心遣いありがとうございます。きちんと昼食は取りました。反応が鈍いのはちょっと強い日差しにやられたせいかもしれません。さあ、お屋敷に戻りましょうか」


「そうだね」

 歩き始めたギサール様はうーんと伸びをする。

「今日の課題は難しかったなあ。頭を使いすぎて疲れちゃった」

 などと言いながら、時折チラ、チラッと俺の顔を見てきた。

「ねえ、ちょっとその辺でなにかを食べていこうよ」


 うーん、買い食いをさせてはいけないと言われているんだけどなあ。

 でも、息をするだけでお腹が減る年頃だ。

 それに意外と自由がないから、そういうちょっと悪いことをしてみたいのかもしれない。そういう気持ちもよく分かる。


 俺が熟考しているとギサール様は追撃を繰り出してきた。

「だめ?」

 きゅるるんっ。

 そんな効果音が聞こえてきそうな表情をする。


 ぐっ。危ねえ。

 危うく新しい性癖の扉が開きそうになったぜ。

 俺は最大限の精神力を発揮して厳しい顔をした。

「ダメです」

「え~」

 ギサール様は落胆した顔になる。


「そんな顔をしてもダメです」

「どうして? 父上にコーイチが怒られるから?」

「別に怒られることはいいのです。怒られるのは慣れていますので」

「それ、自慢げに言うこと?」

 ギサール様は目をパチクリとしていた。


「怒られるのはいいのですが、言いつけを守れないと私が信用されなくなります。そんな人間に大事な仕事は任せられないでしょう。つまり、ギサール様の従者を首になります」

「それは困るな」


 困ると言われると自然と頬が緩んでしまう。

 しかし、なんでギサール様は俺なんかを選んだんだろうな?

 黒目に黒髪が珍しいからだろうか。レア従者ゲットだぜみたいなノリで。

 でも、そういう軽薄な感じはしないんだよな。


 それにギサール様のお父上がその願いを聞き入れたというのも大きな謎だった。

 俺は所詮は得体の知れない異邦人である。

 まあ、考えても分からないことを悩んでも仕方ない。

 ギザール様ともうちょっと親しくなったら聞いてみよう。

 今はそれよりも俺が頼みごとを断った後処理をしなければならない。


「ギサール様は育ち盛りです。お昼が足りなさそうだということは厨房にお伝えしておきましょう。真剣に頭を使うとお腹が減りますからね。それだけギサール様が真面目に勉強に取り組まれている証拠。偉いですよ」

「うん」

 そう返事をしながらも少しつまらなそうにしていた。


 やっぱりそうか。

 魔法学院の生徒には一般家庭の子供もいるし、コーネリアス家ほど厳しくない家の子供もいる。

 そういう子供たちがしていることをギサール様は自分もやってみたいのだ。

 

 町中で売っている食べ物は実際のところはギサール様が普段食べているものほど美味しくはないだろう。

 でも、そういう話じゃない。

 子供には子供の世界の判断の基準がある。


「それと、お聞きいただけるかどうかは分かりませんが、品位を落とさない範囲で外で食べ物を買えるようにお父上にお願いをしてみましょう」

「父上が聞き入れてくれるかなあ」

 ギサール様は疑わしそうな声を出す。


 俺は安心してくださいというように笑みを浮かべた。

「そりゃ、正面から買い食いををしたいと言えば答えは変わらないでしょう。しかしですね、狡い大人には別の言い方があります」

「わあ、僕にも教えてよ」


「それはどうかなあ」

「こっちもダメなんですか」

 ギサール様は唇を尖らせた。

 こんな表情でもサマになる。

 まったく、道を誤ったら何人も女性を泣かせることになりそうだ。


「僕を子供扱いするんだから」

 俺は顎を撫でる。

「教えられない理由はですね。ギサール様に似合わないからです。そうだな、あれを見てください」


 俺が視線を向けた路上では小さな子供がひっくり返り手足をバタバタさせていた。

 母親らしい女性が困り果てている。

 やがて何かを子供に言うと一軒の店に向かっていった。

 そこまで見届けるとギサール様を促して歩き始める。


「泣きわめくなどをして相手の心に負担をかけて動かすというのはそれなりに効果がある方法です。まあ、あまり褒められた行動ではないですが、小さい子供だからギリギリ許容されます。大人の場合は相手の心理を圧迫するのに怒鳴って威嚇するという方法もありますね。しかし、この方法は相手に嫌な感情を呼び起こします。ギサール様はそのようなことはされないでしょう?」


「そうかもしれないね」

「私がお父上に言おうとしていることは、威圧とは似て非なるものですが、脅しを含んでいるという意味では同じです。ギサール様は知らない方がいいんですよ」

 ギサール様はしばらく考えていたが首を振った。


「ちょっとよく分からないところがあるけど、コーイチがそう言うなら信用することにする」

「そうですか。ありがとうございます」

 まーた、こういう聖人ムーブを無意識にかますのがギサール様なんだよな。

 あなたが言うから信用するとか、なかなか言えないよ。

 もう、本当に大好き。

 頑張ってお父上を説得しちゃうぜ。

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