第4話 楽な仕事

 昼食の後も結局マーティン相手に適応に相槌や返事をしながらぐだぐだとしてしまう。

 それというのも俺はコーネリアス家の使用人の中で仲間外れにされていた。

 いみじくもマーティンが俺を誘ったときに言っていたように、若君の従者は楽な仕事と認識されている。


 若君の登校にくっついて魔法学院まで歩いていき適当に時間を潰して放課後にお迎えにあがるだけ。

 一応魔術書やランチボックスを入れた荷物を運ぶという任務もあるが、そんなに重い物じゃない。

 単に良家の子弟は自らそういうものを運んだりしないという体面維持のためにやっているだけだった。


 場所や時期によってはボディガードという意味もあったらしいが、現在のフォースタウンは治安がいい。

 それにギサール様は家庭の方針によりまだ魔導銀を使用していないが、自前の魔力でも相当な量があり、大人顔負けの難しい魔法も使いこなす。

 だから、ギサール様の従者は本当にお飾りだった。


 まあ、世の中には我儘いっぱいに育てられたクソガキというものもいる。

 そんなガキのお守りをさせられるのは苦痛で仕方ないだろう。

 ただ、我らがギサール様は良い意味でお坊ちゃん育ちであった。

 将来人の上に立つ者として目下の者に対しても非道なことを行わないようにきちんと躾がされている。


 もしフォースタウンで貴族の子弟コンテストが開催されたら、控えめに言っても上位3位以内に入ることは間違いない。

 そんな良くお出来になるギサール様の従者役はコーネリアス家の使用人にとってみれば拝命したいお仕事第1位なのだった。


 それをぽっと出の得体の知れない俺にかっさらわれたのだから、面白くなく思う使用人が多い。

 気持ちは俺にも分かる。

 日本にいたとき職場で若いやつに追い抜かされてグループリーダーの座を奪われたときは滅茶苦茶荒れた。


 しかも、そいつは俺が教育係を務めていたのでその実力はよく知っている。

 はっきり言って絶対に俺の方がグループリーダーに相応しかった。

 仕事は大変になるがグループリーダーになれば給料が上がる。

 逃した魚は大きい。

 まあ、それも過去の話だけど。


 ということで、現在の俺はギサール様の従者を務めている。

 お給料は1か月で銀貨10枚だった。購買力で比較して日本円に直して10万円ぐらいになる。これは一般的な従者としての相場より高い。

 お給料とは別に屋根裏ではあるけれど部屋があてがわれ、朝夕の二食が無料で提供された。


 さらに大事な点だが、この世界には所得税や社会保障費というものがない。

 このため、10万円相当の額は丸々可処分所得となった。

 日本で働いて額面で25万円もらっていたときよりも自由に使えるお金が圧倒的に多い。

 ビバ異世界。


 まあ、普通の人々は生きていくのに必要な経費として魔導銀を買う必要がある。

 使いたいときに遠慮せずに魔法を使用するとしたときに、一般人の魔法の知識を前提にすると必要な魔導銀の購入にはおおよそ年額にして30万円ほどになるそうだ。

 ちなみに半年ほど前ぐらいから急激に値上がりし始めたとギサール様から聞いている。


 高いとみるか妥当とみるか。

 魔法使いたい放題がその額なら俺なら速攻で払う。

 生きていくのに必要な経費としてスマートフォンの通信費と比較すれば、妥当な金額じゃなかろうか。

 まあ、俺は魔導銀使えないんだけどな。

 魔導銀使って超カッコいい攻撃魔法をぶっ放してみてえ。


 それはさておき、トータルで見れば自由に使える金が増え、職場でハブられているので余計な出費もない。

 仕事は楽だし、まさにいいことづくめだった。

 強いて不安材料を挙げるとするならば、ギサール様も最長であと2年ほどで魔法学院を卒業することである。


 そうなると魔法学院への送り迎えという仕事はなくなってしまう。

 もちろん、将来が約束されているギサール様なのでどこかで働くだろうし、その際にも必ず私的な秘書のような者が側仕えすることにはなっていた。

 ギサール様の兄にもそういう役割の者がいる。


 ただ、そうなると人の形をしていればいいというわけにはいかなくなった。

 いざとなれば身代わりになる覚悟と忠誠心を持ち、それなりの品位があって、上級社会の諸々に通じていて、ギサール様を支えられる人材でなくてはならない。

 俺にあるのはせいぜい忠誠心ぐらいだった。

 つまり2年後にはこの美味しい仕事を失うことになる。


 まあ、もともとするはずだった汚れ仕事はあてがわれるだろうから生活できなくなる心配はしなくていいはずだ。

 どうせ今の俺で取れる対応策なんてたかが知れている。

 結局そのときに悩むことになるんだったら取り越し苦労はするだけ損だ。


 何かのはずみで日本に戻るかもしれないし。

 あ。そっちの方がもっと嫌だな。

 仕事すっぽかしたから滅茶苦茶怒られることは確定しているし、時間の流れが同じならとっくに首になっているだろう。


「お、それじゃ、そろそろ魔法学院へ戻るか」

 マーティンが声をあげた。

 店で飲み食いした代金をこころもち多めに出す。

 それを見たマーティンが相好を崩した。

 実に分かりやすい。これが俺を誘う理由の一つになってはいるのだろう。

 コーネリアス家の屋敷に戻って長時間肩身の狭い思いをしないですむ代金だと思えば惜しくはなかった。

 

 

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