クセが強い家族 前編

7月に入った。

塾の前の1時間と水曜日の自習授業で話し尽くした僕とあきちゃんは、今までの人生で会った誰よりもお互いの事をよく知っていて何でも話せるほど仲良くなっていた。

塾の日にしか会っていないのだが一緒にいる時間を全力で大切にしながらたくさんの話をしてどんどん親密になっていったのだ。

そしてついにあきちゃんから塾の日以外に会うお誘いをしてもらえた。

『夏休みになったら塾が休みの日にウチに遊びにおいでよ!』

なんと自宅に招かれたのだ。


小学4年生の僕には女の子に家に遊びに行くというビックイベントを人生で経験した事は無い。

恥ずかしく緊張してしまい、返答の言葉がすぐに出てこなかった。

『イヤなの…?』

いつもよりワントーン低い声であきちゃんは僕の様子を伺う。

ヤバイ少し怒ってる気がする…

『絶対に行く!!』

あきちゃんの前では素直にならないといけないと思った。



あきちゃんの家はお父さんは出張でほとんど家にいないらしい。

話が全然出てこなくてお父さんの事はよくわからないが、お母さんも妹も音楽が大好きらしい。

普段3人で大きな音で音楽をたくさん聴いているらしく、音響にも少しこだわっているみたいなのですごく音質の良い迫力のある音楽が聴けるらしいのだ。

僕は家にあるショボいプレイヤーかあきちゃんが持ってくるポータブルのプレイヤーでしか聴いたことがないので期待が高まる。


そして期待よりも数倍、緊張が高まっている。

もうお察しだとは思うが、この頃にはすでに僕はあきちゃんの事が大好きだった。

毎日あきちゃんの事ばかり考えるようになり、服装や髪型などの見た目にもこだわるようになっていったのだ。

会えない日は会える時間に話す内容をたくさん考える。

せっかく会える時間を有効に使えるように話のネタをあらかじめ考えておくのだ。


小学4年生の僕はまだ恋愛の経験はなく、こんな感情になった事も今まで一度もない。

経験がないのでハッキリとそうなのだと確信は持てないが、僕はこれはあきちゃんに対する恋心なんだと思うようになっていた。

好きな人の家に遊びに行くのはとにかく緊張する。


あきちゃんは僕の事をどう想っているのだろう?

家に誘うという事は嫌いではない事だけはわかる。

ただ「音楽」という趣味が合うだけの友達なのだろうか?

それとも同じような特別な「好き」を想ってくれているのだろうか?

小学生の僕に相手の恋心を察する能力はまだ育っていない。

考えれば考えるほどあきちゃんの事が頭から離れなくなる。

一度「好きなんだ」と認識してしまうとどんどん好きが大きくなっていってしまう。

当然告白する勇気なんて僕には一切ないので何もしない。


そもそも告白してその後いったいどうなるのだ?

彼氏や彼女といった言葉は知っているが何をするものなのか、どんな関係になるのかなどは全くわからないのだ。

学業や雑学などの知識はどんどん膨らんでいき賢くなっていくのだが、わからない事だらけでまだまだ子供の自分を感じてしまう。

あきちゃんの特別な存在になりたい気持ちだけはしっかりあるんだけど何がどうなれば特別なのかがよくわからない。


家に行けば少しは変わるのかな?

発展するのだろうか?

僕だけが持つ、あきちゃんの特別を手に入れる事が出来るのだろうか?

会えない日は悶々とそんなことを考えながら日々は過ぎていく。



あきちゃんは僕が家に遊びに行く事をどう思っているのだろうか?

今までと何も態度や素振りは変わらないのだ。

やっぱり僕だけがこんなにも「好き」なのだろうか?


よく聴く曲の歌詞に「惚れたら負け」と出てくる。

僕はその事がこれなのだと感じものすごく「負け」を実感している。

不思議と「この負け」については悔しくはない。

負けず嫌いなのだが何故かあきちゃんには勝てない事を許容してしまう。


こんな自分の気持ちが言葉にならず、悶々としながら過ごさないといけないのは僕がまだ子供で人生の経験が浅いからなんだと自分に言い聞かせる。


この先この気持ちはどうなっていくのだろうか?

初恋を経験して恋愛を学び、自分が少しずつ成長していくのを感じる。


夏休みが近くなるにつれてハッキリとした日時の約束もした。

夏休みに入る7月21日が金曜日なのでその次の日曜日

7月23日の朝10時にあきちゃんの家の最寄り駅の改札口前で待ち合わせる事になった。



そして待ちに待った夏休みが始まった。

この年は人生で1番夏休みを楽しみに待ち焦がれたであろう。



夏休み初日は塾だ。

あきちゃんの家に行く2日後の話で盛り上がる。


次の日の土曜日は落ち着かなくてソワソワした1日だった。

どんな服装で行くのか、初めて会うあきちゃんのお母さんと妹はどんな人だろうか?

そんな事ばかり考えてあっという間に1日がすぎた。


あきちゃんの家へは僕の家から徒歩5分の駅に行き、電車に乗り20分。

つまり家を出てから30分くらいで辿り着く。

10時に待ち合わせなのに緊張で6時に目覚めてしまい準備も万端だ。

時間がかなりあまっているがやる事はない。


緊張して落ち着かない様子を親に悟られるのが嫌で8時に家を出てしまう。

駅前で時間を潰そうと考えていたが、朝早い時間なのでどこの店も開いていなかった。

仕方なく電車に乗り、あきちゃんの家の最寄りの駅に向かう。

当然の事ながら8時30分頃には着いてしまった。

景色はとにかく田舎。駅の中から見渡しても建物は住宅しか見えない。

時間を潰せそうな場所や店は無いだろうなと諦め改札を出ると目の前にあきちゃんがいた。


『えっ?めちゃくちゃ早くない?笑』

改札を出て最初に言われた一言だった。

『あきちゃんも早くない?』

僕は少し抵抗してみたんだけどあきちゃんは僕を早くから迎えに来ていたわけではなく、改札口の前にあるコンビニへ買い物に来ただけだった。

たまたま奇跡的に僕が早く着いてしまって改札口から出てきたタイミングと重なっただけであきちゃんはびっくりしていた。すげぇ恥ずかしい。


改札の向かいのコンビニに一緒に行く事になり店に入る。

『あら、あきちゃん。今日は朝早いんだね。彼氏かい?』

コンビニのおばちゃんが話しかけてくる。

田舎町あるある。みんな知り合いムードなのだ。すげぇ恥ずかしい。

『塾で一緒の「ゆうちゃん」だよ。今日はあきの家に遊びに来るの。』

あきちゃんは僕をおばちゃんに紹介した。


『あらあら、まだ小学生なのに仲がいいんだね。

あきちゃんも成長したんだねぇ。』

おばちゃんは感慨深い感じだが嬉しそうに続けて話した。

『おばちゃんがお菓子を買ってあげるから仲良く食べるんだよ。』

飲み物を買ったあきちゃんのレジ袋にポテトチップスを入れてくれる。

『ありがとー!また来るねっ。』

コンビニを出るあきちゃんに続き僕は軽く会釈をして店を出た。


笑顔で手を振っているおばちゃんは僕とあきちゃんの関係をどう思ったのだろう?

『あきちゃん!さっきのおばちゃんが最初に言った「彼氏かい?」を否定しないからおばちゃんは僕の事を彼氏って思っちゃってるみたいだよ。』

嬉しいんだけどね。 ←※心の声

あきちゃんはニヤリといつものように笑いながら答える。

『一般的なおばちゃんって生き物はそういうのを想像してワクワクするのが好きだからいいんじゃない?』

あきちゃんがそれでいいなら問題ないがすげぇ恥ずかしい。


『次に来た時とかもおばちゃんお菓子くれるかもよ?ラッキーじゃん♪』

さりげなく今後も家に誘ってくれると言う事を伝えてくれたあきちゃんに僕は萌えた。

そんな事を話しながら歩いている内にすぐにあきちゃんの家に到着した。


駅の中から見えていた大きなマンションで歩いて5分もないくらいだった。

こんなに近くの家なんだったらそりゃコンビニのおばちゃんも仲良しか。


コンビニは家業でやっているような小さな規模の物だった。

いつ行ってもあのおばちゃんがいるのであろう。

この駅の利用者の大半はあのおばちゃんの下世話な想像の餌食なのだろうか?笑



ひとまず駅前には時間を潰せる場所が全くなかったのであきちゃんと奇跡の遭遇が出来たことを幸運に思った。

10時待ち合わせなのにまさかの8時40分にあきちゃんの家に到着したのだ。

予定よりも多く一緒にいられるので幸せな気持ちは大きく膨らむ。

エレベーターを6階で降りて玄関の前に到着する。

あきちゃんは僕が緊張する間も与えず颯爽とドアを開けた。

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