第72話 賊、登場。
外の景色に夢中になっていると、お義父様の方の窓が小さくノックされた。
そこには騎乗したランドルフが並走していて、窓を開けたお義父様に小声で何かを伝えている。
その様子に、シリウス様は険しい表情を浮かべた。
ランドルフが去ると同時にシリウス様は、お義父様に声を掛ける。
「父上」
「うむ」
会話らしい会話ではないのに、シリウス様は何か分かったようで、考えるように視線を動かしている。
なるほど! 日頃の察しの良さは、こうして鍛えられているのね! と心の中で感心していると、シリウス様の手を伸ばしてくる。
「ごめんね、アリシア」
シリウス様は「外の景色を見せられず」と言うと、窓のカーテンを閉める。
その行動を疑問に思いつつ、見渡すと他の窓のカーテンも全て閉められていて、車内は薄暗くなっていた。そして馬車は徐々に減速すると、ついに止まる。
「やはり出ましたか」
呆れるように漏らしたお義母様の呟きに、「全く愚かな賊だ」とお義父様も溜息混じりに答える。
えっ、賊?!
賊というと、盗賊とか海賊とか……あ、ここは山だから山賊?!
え、もしかしてシリウス様が言っていた『山は危険だから』とは野生動物でも魔獣でもなく、賊のことだったの?!
カーテンを閉めたのは、どこに誰がいるか見られて襲われないようにするため?
あ、さっき窓を開けるのは危険だと言われたのは、賊からの攻撃を懸念してのことだったの?
「シリウス様……」
動揺して小さく呟きながら見上げる私に気付いたシリウスは、私の手を握ると“大丈夫だよ”と言うように微笑んだ。それだけで力強さを感じた私は安心できた。それなのに……
「ちょっと行ってきます」
シリウス様はサッと私の手を離すと、立ち上がりながら座席に立て掛けていた剣を取った。
え、えっ、シリウス様? どこへ行ってしまうのですか?! 外は危険なのですよ?!
「シリウスが出るまでもないと思うが?」
「早く片付けてしまいたいので」
お義父様の言葉にサラリと答えたシリウス様は馬車の扉を開け、そこにいたジュリアンに「僕も出る」と端的に伝える。
「シリウス様」
自分でも驚くほど、か細い声に振り返ったシリウス様は再び私の手をそっと取る。
「心配しないで。すぐに戻って来るから」
そして私の手の甲にキスをした。
「!!」
「あ、僕がいいと言うまで外に出てはいけないよ」
ドキッとして一瞬だけ呼吸を忘れた私を置いて、シリウス様は馬車から降りるとバタンと静かに扉を閉める。
キスされたドキドキと、危険に飛び込んだシリウス様を心配する気持ちで、私の心臓は煩くて仕方がない。
憂色を濃くしていく私に、お義父様とお義母様が励ますように声を掛けてくる。
「アリシアちゃん。心配しなくても、シリウスは強いから大丈夫だよ」
「えぇ。それにジュリアンの様子から、大した賊ではないことは明白ですわ」
確かに、お義母様の言う通りだわ。そんなに危険な賊ならば、外に出ることをジュリアンが止めるはず。
それに、お義父様の言うようにシリウス様が強いのも分かっている。日々の鍛錬も見ているから知っているし、魔獣も倒したぐらいなのだから。
それでも、それでも不安がいっぱいに広がって胸を締め付ける。苦しくて仕方がない。
(あぁ、シリウス様が怪我をしませんように。無事でいますように。シリウス様を守って、お願い)
気付けば、私は胸の前で手を組むと祈っていた。
そして温かい風を感じて目を開けると、眼前のお義父様とお義母様は目を丸くして微動だにしなかった。
どうしたのかしら? も、もしかしてシリウス様に何か!!
お二人の戸惑った様子に私が焦り始めた時、コンコンコンとノックの音がして馬車の扉が開かれる。
扉の向こうには、シリウス様が立っていた。
「シリウス様!」
私は弾かれるように馬車から飛び出すと、脇目も振らずにシリウス様の元へ駆け寄る。
「シリウス様、大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
「大丈夫だよ」
思わず抱きついた私に、シリウス様は穏やかな声で答えてくれる。
(良かった、無事で。良かった、本当に良かった)
ホッと胸を撫でおろしたところで、私は自分がしたことに気が付いた。私、何も考えず夢中で!!
「す、すみません。いきなり抱きついてしまって……それに、いいと言われていないのに外に出てしまいました」
謝罪しながら離れようとしたけど、シリウス様は私の背中に腕を回したまま放してくれない。
「アリシアが自分から抱きついてくれた」
シリウス様は小さく何か呟いているけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「シリウス様?」
「ありがとう、アリシア」
シリウス様は私の頭に頬を寄せている。顔は見えないけれど、その声はとても嬉しそうだった。
私、何か感謝されることをしたかしら? むしろ言い付けを守らずに叱られるところだと思ったのだけど?
私達の背後で、ジュリアンが「賊は全員捕らえました。被害も、ほとんどありません」とお義父様達に報告していた。
あ、そうだわ。シリウス様のことで頭がいっぱいだったけど、ここにいるのは私達だけではない。
シリウス様の腕の中に閉じ込められたまま身動いで何とか顔を上げると、柔らかいサファイア色の瞳が私を見下ろしていた。
「あの、他の皆は」
「大丈夫。掠り傷程度はあるかもしれないけど、皆も無事だよ」
きっと戦闘に参加したであろうジョン、後ろの馬車に乗っているマリー達、彼らも無事だと聞いて私は安堵した。安心した所為か、シリウス様の温もりに包まれていたくて私は身体を預けた。
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