第49話 ホワイトドラゴン
一度目の召喚は図書館内の講堂で行ったので、ドラゴンには随分と窮屈な思いをさせてしまった。
しかしここなら人目もないし、何より広い。
「では、行きます!」
手にした小瓶を放り投げると砂の輝きが強くなり、ガラスの割れる音が響く。
周囲が強い光に包まれ、たまらず二人は顔を手で覆う。
光が弱まり、目が慣れてくるとそこには巨大なドラゴンが鎮座していた。
二階建ての家より一回りほど大きいその生物は、体と同じくらいの長さのある尾を優雅に揺らし、興味深げに赤い瞳で二人を見おろしていた。
全身が白い鱗に覆われ、喉元から首回りにかけてだけオパールのように虹色にきらめくふわふわとした毛皮を纏っている。
「来てくれてありがとう、ホワイト」
「っ! 名前まで知っているのか?」
「真名ではなくて、あだ名だそうです」
アリシアはホワイトに手を差し伸べると、巨大な顔が近づいてくる。もしこのドラゴンが凶暴な肉食であれば、アリシアなどひと飲みだろう。
ちらとホワイトがエリアスを見た。
「我らは鱗の色で互いを呼び合う。契約者とはいえ、真名は教えられんよ。してアリシア、そちらは?」
凜とした声が辺りに響く。それがドラゴンから発せられていると理解するまで、エリアスは数秒を要した。
「エリアス・ロワイエ王子です。魔術指導をして頂いてます」
「ご紹介にあずかりました、ロワイエ国第二王子。エリアスと申します」
「ふむ」
魔獣のグリフォンを飼い慣らしているだけあって、エリアスが冷静に対応する。
「どこかで聞いた名だ……そうか、お前はロビスの孫か!」
「爺さん……いえ、祖父の名を何故ご存じなのですか」
「我らの盟友はロビスに召喚され、短き時間を人間と過ごした。ブラッドと言えば分かるだろう?」
「祖父が大戦終結の数年前に召喚したドラゴンですね」
ホワイトは唸り声を上げ目を細めた。
「そうかしこまるなロビスの孫よ。楽に話せ。ロビスも気さくな人間だったと、ブラッドから聞いている」
「召喚魔術で呼び出した魔獣は、一度しか呼べないのではないですか」
アリシアは疑問を口にする。
ドラゴンの個体数は少ないが、同じ個体が召喚されるとは限らない。
それにロビスがアリシアの使った応用魔術を既に開発していたなら、記録に残しているはずだ。
疑問に対して、ホワイトが頷く。
「ロビスとの契約は一度きりだった。しかしブラッドは乱れた世を憂いたロビスに共感し、「和平協定が結ばれるまで」という期限付きで常に共にいることを選んだのだ」
そういう契約条件ならば、理解できる。
「状況的にも最後の一手として召喚したようなものだったらしいからな。爺さんも必死にドラゴンを説得したんだと思う」
知能の高いドラゴンは、人と同等かそれ以上の魔術を使う。ブラッドの協力を得たロビスは、遠隔魔術で地方での争いを強制的に止めさせたと歴史書には記されている。
「もし可能でしたら、改めてブラッド殿にお礼が言いたい」
「それは叶わぬ。人と共に暮らす事は、我らドラゴン族は非常に魔力を消耗するのだ。あれはロビスとの契約が終わると、遠くへ行った」
アリシアとエリアスは顔を見合わせた。
嫌な予感は、ホワイトがあっさり否定する。
「今頃南国でバカンスを楽しんでいる事だろう」
「バカンス……」
拍子抜けしたように呟くエリアスの横で、アリシアは表情を曇らせた。
「では貴方も、私の側にいると消耗してしまうのですか?」
無理を強いてまで契約を続けるのは申し訳ないと考えたのだ。
「我はお前から対価を得ることで契約を為した。だから問題はない」
ホワイトの答えに反応したのは、エリアスだった。
「アリシア、君は対価として何を差し出したんだ。事と次第によっては、契約解除をするべきだ。危険すぎる」
肩を掴まれ真剣な顔で問い質すエリアスに、アリシアはきょとんとして首を傾げる。
「十日に一度、水桶一杯の手作りクッキーです」
「クッキー……?」
「始めて召喚したときに、偶然ポケットにクッキーが入ったままで。それを差し上げたら大変お気に召してくれたんです。クッキーは危険では、ないですよね」
「あ、ああ」
今日何度目か分からない深いため息を吐くエリアスの背後で、ホワイトが低く喉を鳴らす。
「次の召喚の際は、楽しみにしている」
「はい」
「丸い生地の真ん中に、ジャムが挟んであるものがよい」
「わかりました」
笑顔で頷くアリシアを、エリアスが複雑な面持ちで見つめていた。
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