第48話 効率化に成功したんですよ
アリシアは上着のポケットから魔術を封じた小瓶を出す。
前にヨゼフが見せてくれた海馬召喚に使う瓶より、一回り小さい。
中には淡い輝きを放つ白い砂のようなものが詰まっている。
「召喚に際して、独自開発した魔術を編み込んだんです」
大魔術には媒体を必要とするものが多い。
ドラゴンなど高位の魔獣は宝石が媒体として使用される。
なのでアリシアは、母の形見であるオパールのブローチを媒体とし、瓶に詰めたのだ。
「魔術を分けて封じたのか」
「ええ、魔術を閉じ込める小瓶の使用は二回。一度目は対話と契約、二度目の召喚に応じて頂いた時点で正式な契約となります。以降は取り決めた呼び出しの魔術で交信します。これで何度でも同一個体の召喚が可能になりました。勿論、戦争なんかには使いませんからご安心くださいね」
「交信って、君は召喚した魔獣と意思疎通ができるのか?」
「ドラゴンは知能が高いので、対話は簡単でしたよ。契約も済ませてます」
「ますます爺さんそっくりだな。滅茶苦茶だ」
どうしてかエリアスがお腹を抱えて笑い出した。
アリシアとしては、単純に一度しか召喚できない事が不満だったのだ。それに同一個体を召喚できないというのも面白くない。
(あれだけ苦労して魔術書を読んだのに一度しか召喚できないなんて、魔術離れが進むのも納得できます。それに……召喚した魔獣と仲良くなりたかった。って言ったら、笑われますよね)
召喚魔術の勉強を始めてから、アリシアはもっと使いやすくできないだろうかと考え続けていた。
魔術師側の負担減もそうだが、魔獣側も無条件で使役されるという契約も納得いかなかったのだ。
(記憶になくても、過度な労働を強制されていた影響があるのかしら?)
使役するのなら、魔獣が納得する対価を支払うのが当然だろう。
そういった改良点を踏まえて幾つかの魔術を複合させた結果、この応用技術が誕生したのだ。
「それにしてもすごいじゃないかアリシア。ドラゴン召喚には、あの鈍器みたいな魔術書を百冊近く詠唱する必要があるだろう? 喉が痛んだりしなかったのか?」
長い呪文が必要になる魔術は、あらかじめ紙や小瓶に向けて詠唱し魔術を封じ込める。一気に詠唱することは不可能なので休み休み行うのが普通だ。
とはいえ「読み上げる」という作業は喉を酷使する。
「マリーが手伝ってくれたお陰なんです」
「彼女が? 確かあまり召喚魔術には興味がなかったと思ったが」
「喉を痛めないように、薬草を混ぜた飴を作ってもらったの」
「なるほど」
「他にもポーション技術を応用した肩こり用の湿布や、指がかさつかないように保護するハンドクリームとか。あとは埃避けの肌を保護する乳液とか……マリーに頼むと数日で作ってくれるのよ」
「あれ全部、君が頼んだものだったのか?」
「ええ。私がやっと美容に目覚めてくれて嬉しいとか言ってたけど、どういう意味かしら。私は魔術書を持ち上げたり捲ったりする時に、あったら便利だなと思って頼んだのだけど。エリアスは分かる?」
「予想は付くが……まあアリシアが気にする事じゃないさ」
少しマリー嬢に同情してしまうな、とエリアスが呟く。
「君のために開発した品は、騎士団や兵士達に試作品が渡されて好評でね。今では町の薬屋にレシピを販売し市民にも広まっているよ。あと彼女、先日飛び級で大学への推薦をされたよ」
自分が召喚魔術に没頭している間にそんなことになっていたとは、アリシアも驚きを隠せない。
「知らなかった。やっぱりマリーは、ポーション師の適性があったのね」
「……君が無茶な注文をして、それに応えた成果じゃないかな。マリー嬢のポーション魔術と薬草学の技術は、ヨゼフ師匠も国一番だと認めていたからね」
これで自分の身に何があっても、マリーは一人で生きていける。
(私の側にいてくれると言ってたけれど、マリーにはマリーの人生があるのだもの。彼女の人生を生きてほしいわ)
何にも縛られず、自由に生きることは難しい。しかしマリーはその一歩を踏み出したのだ。
(私も頑張らなくちゃ)
召喚魔術を習得したとはいえ、それは生活に役立つ魔術とはほど遠い。
「エリアス。私もっと魔術を憶えたいわ。マリーのように器用ではないけど、最低限自活できる術を持ちたいの」
「アリシアは今のままで十分だよ」
「……」
反論しようとしたけれど、美形の微笑みを返され何も言えなくなる。
顔がいいと会話さえコントロールできるのかと、アリシアは少し羨ましくなった。
「マリー嬢はポーション技術だけじゃない。とても鋭い観察眼を持っている」
「どういう事です?」
「まだ秘密。証拠が揃ったら、アリシアにも教えるよ。ともかく、結果オーライだ。よければ君と契約したドラゴンに会わせてほしいのだけど」
「ええ、喜んで!」
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