第46話 魔術指導と昔話

 レンホルム公爵が国境で大騒ぎをした事件から数日後。


 アリシアは久しぶりにエリアスから魔術の指導を受けていた。

 基礎と座学はヨゼフから合格がもらえたので、最近は野外での実践指導に移っている。

 召喚魔術以外にも派手な魔術には興味があったので、アリシアとしては毎日が刺激的で非常に充実した時間を過ごしている。


 ただ一つ不満があるとすれば、指導するエリアスが全く教える側として向いてないという点だ。

 今日はアリシア用に作られた護身用の短剣に、火属性の魔術を付与する事になっていた。

 魔力が暴走しても被害を最小限に留める為に、騎士団が魔術の稽古に使う山奥の広場に来たのだが……。


「――で、ふわっとさせて、封じたい媒体を指でなぞる」

「意味が分かりません」

「大丈夫。アリシアはセンスあるから」


 エリアス曰く「魔術はセンス」とのことで、具体的な指導は全くない。


「これまでもできただろう? 火炎の呪文を頭の中で唱えながら、短剣に触れればいい」


 アリシアもエリアスも、魔術適性は全ての属性と相性が良く魔力量も多い。

 基本的な魔術ならば一度斉唱してしまえば、次からは冒頭部分を思い浮かべるだけで自在に使えるのだ。


(炎を封じる……)


 指先に意識を集中して短剣をなぞると、切っ先に火が灯る。


「ほら、俺の教えたとおりにすればできるだろう」

「……ですね」


 あれが指導とは正直思えないけれど、エリアスが喜んでいるのでまあいいとする。


「アリシアは飲み込みが早いから、指導のしがいがあるよ」

「もしかして、騎士団の皆様の指導もされているのですか?」

「指導は団長の仕事だからね。彼らも筋はいいけど、アリシアほどじゃないからなぁ。騎士の仕事とか興味ある?」

「ないです」


 攻撃的な派手な魔術は好きだけど、あくまで個人的な趣味だ。


「炎と水は大体感覚が掴めたので、将来的には宿屋の経営を視野に入れています。かまどの火起こしと洗濯はできますし」

「料理はできるのかい」

「……憶えます」


 短剣を手にしたアリシアは、軽くそれを振る。

 すると空に炎が浮かび上がった。


「弱火、中火、強火。細かい時間の指定もできます」

「アリシア、時間魔術まで付与したのか。一度に二つ付与が可能だなんて、兄さんとヨゼフ師匠、それと義姉さんしかいないぞ。君、いつの間に習得したんだ?」


 付与魔術自体、かなり魔力を使う。そして呪文も複雑だ。

 当然ながらエリアスからも教えてもらっていない。


「すみません。応用魔術の書物を勝手に読んでしまいました」

「それだけ?」

「城の蔵書は、ほぼ暗記しました」

「あの量を暗記……まじか……」


 額に手を当て唸るエリアスに、アリシアはぽつぽつと話し出す。


「私が記憶を失った理由はご存じですよね。以前の私は非常に記憶力が優れ頭も良かったらしいのです――」


 幼い頃から令嬢としての教育を叩き込まれただけでなく、母が亡くなってからは領地経営に関する法律、帳簿の管理など。

 特別な資格を持つ大人達が数人がかりで請け負う仕事を、たった一人で完璧にこなしてきたのだ。


「好きでやっていたのではありません。多分ですが、数学や法律なんて大嫌いだったと思うんです。その証拠に、今は数字を見ただけで頭痛がしますから」


 だがそれらの記憶は、頭の中からすっかり消えてしまった。

 と同時に、アリシアは己の異変に気付く。


「頭の中がすっきりして、魔術書の呪文が自然と頭に入ってくるんです」


 「ほぼ暗記」とエリアスには言ったが、読んだ書物の呪文はどんな長文でもそらんじられる自信がある。


「あとは実践して、感覚を身につけるだけって事か」

「はい」


 流石魔術国家の王子だ。アリシアの言わんとしている事を瞬時に理解してくれる。


「あれだけの量だと、数年はかかるからなあ。ま、必要だと思う魔術を選んで順番に試せばいいさ」

「ありがとうございます」

「しかしここまでとは、予想外だ」


 エリアスとの約束を破り自主的に勉強してしまったのがバレた訳だが、彼はどう出るだろうか。

 不安げなアリシアの視線に気づいて、エリアスが安心させるように微笑む。


「無理はしてほしくないから、勉強の時間を制限するよう言ったんだ。君は顔色もいいし、無理をしている様子もない。だから怒らないよ……それに、君を見ていると爺さんを思い出すんだ」

「お爺さまですか?」


 エリアスの祖父。つまり先々代の王のことだ。

 誰も敵わなかった大魔術師だと、魔術の歴史書に記されていたのは憶えている。


「お爺さまのこと、聞かせてくれますか?」

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