第42話 マリーの日記
アリシア様と共にロワイエに来てから、そろそろ二月が経とうとしている。
ロワイエの方々はみなよくしてくださり、平民の私にも優しく接してくださる。まさか魔術学院に入学を許可されるなんて、バイガルにいた頃の私は想像もできなかった。
学ぶのはアリシア様の為であり、決して私利私欲の為でないのは書き記しておかなくてはならない。
ただ召喚魔術に拘りすぎるアリシア様のお考えには、いささか問題があると実は思っている。
正直、止めてほしい。
再三あの手この手で止めさせようと進言しているけれど、アリシア様は強情だ。その真っ直ぐな精神は素晴らしいと思う。
でもやっぱり、召喚魔術は諦めてほしい。
ドラゴンって巨大なトカゲよね……本気で無理。
大体適性があるからと、アリシア様を煽るあのエリアスとか言う男にも責任がある。
顔が良くて地位があるからって何でも許されると思っているのだろう。
そりゃ身分は釣り合うかもしれないが、アリシア様にはあんな軽薄な男は似合わない。グリフォンではなく、白馬に乗った王子がアリシア様の前に現れるのを願うばかりだ。
気高くて優しくて、「ドラゴンの召喚なんて君には似合わないよ、アリシア」とか言ってお嬢様を諭してくださるような素敵な王子が……きゃーっ。絶対その方が良いに決まってる!
そうだ、願望を形にする魔術がないか今度ヨゼフ先生に尋ねてみよう。
……まあ、あの殿下は気に食わないけど、アリシア様の警護要員としては合格だ。ただスキンシップが多すぎるのは、見過ごせないけれど。
アリシア様が記憶を無くされたと聞いたときはどうなることかと思ったけれど、こちらに来てからはよく笑い良く食べ、日を追うごとに元気になってる。
アリシア様の笑顔は、病床に伏せる前の奥様そっくりだ。
あの方が私を孤児院から引き取り屋敷に連れて行ってくださらなければ、私はもうこの世にはいなかっただろう。
優しかった奥様。そして奥様そっくりに成長されたアリシア様。私は生涯をかけて、アリシア様をお守りします。
でも凶暴な魔獣の召喚は、諦めてください。本当に、本気でお願いします。
どうにかしてください神様。
もうアリシア様はお眠りになっただろうか?
酷く辛そうなお顔をしていたから今夜は付き添うつもりだったのだけれど、アリシア様には断られてしまった。
そうよね。あんなことがあれば、誰だって一人になりたいもの。気高いアリシア様は、泣き顔をメイドに曝すなんて恥だと考えているに違いないわ。
ああ、それにしてもあの男……思い出すと苛々してくる。公爵は実の娘のアリシア様をまるで召使いのようにこき使って、自分は場末の酒場や娼館に入り浸っていた。
屋敷に仕えている者はみな知っていたけど、奥様とアリシア様にこれ以上ストレスがかからないように、あえて黙っていたのが裏目に出てしまった。
今は真実を伝えていればと後悔している。
……魔術で人を殺すことはできるわよね。ポーションに毒を混ぜるとか……。
いけない、私ったら何を書いているのかしら。
冗談よ冗談。
やるなら証拠なんて残さないようにしなくちゃ。
あの男がアリシア様に何を言ったのか居合わせた衛兵から聞いたけど……散々こき使った挙げ句、正式な取り決めもすっ飛ばしてお嬢様をレンホルム家の籍から抜くなんてあり得ない。アリシアお嬢様をどれだけ苦しめるつもりなんだろう。
今回の件をメイド長のティア様に相談したいけれど、ティア様からは手紙を出すことは止められている。
きっとダニエラが盗み見するとの理由だ。
確かに同意見ではあるけど、連絡を取る事ができないのは正直辛い。それにティア様とジェラルド先生も心配だ。
きっと上手くやっていると信じるしかない。
そうだ、書いていて思いだしたけど気になる事があったわ。
奥様が亡くなった時、葬儀に王族が参列することなく密やかに執り行われた。
公爵家の葬儀が密葬に近いものだったのも不思議に思ったけど、あの頃……つまり奥様が病気になる少し前からお屋敷は何だがおかしかった。
ティア様の前にメイド長を務めていた方が、個人の権限で若い女を雇ったことがある。どうしてか公爵との面接もなく、紹介状すら持っていない彼女はその日のうちに屋敷のメイドとして働くことになったのだ。
長年奥様に仕えていたメイドが「使えない」と怒っていたから、メイドとしてのキャリアはなかったのかもしれない。
それなのに、彼女はあっという間にアリシアお嬢様のお母様、レアーナ様付になった。
メイドの仕事はほとんどしないのに、メイド長はその女を重用していた。
時を同じくしてレアーナ様の具合が悪くなり、ジェラルド医師ですら病の原因が分からないまま奥様は亡くなられてしまった。
奥様が亡くなると、その女はいつの間にか公爵の後妻に収まっていた。
メイド長もいつの間にか辞めてしまって、ティア様が昇格した。
マリーはペンを止めると、一人呟く。
「誰も何も、疑問に思わなかった……そりゃ公爵の決定に口を出すなんて怖くてできなかったけど。でもあれは、心理魔術の一つじゃないかしら?」
マリーは少し考えてから、机に置いてある魔術の辞書を手に取る。
意識操作の項目を捲り、軽度の暗示術の存在を確認し顔色を変えた。
「これ、魔術の素質がなくても使えるんだ」
ずっとモヤモヤとしていた何かが、明確な形を帯びてくる。
だがその真実を見極めるには、マリーには知識も実力も足りない。
嫌な予感だけが頭の中をぐるぐると巡る。
「……ヨゼフ先生に相談しよう」
マリーは日記を閉じると、マントを羽織りヨゼフの元へと向かった。
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