第40話 孫とは?
当初は公務で忙しいのかと思っていたが、一年近く返事がなければ流石に不審に思い始める。
けれどロワイエ国とバイガル国の関係は薄く、距離も離れているので外交上の遣り取りもない。痺れを切らしたローゼ妃はバイガル王に親書を送り、レアーナがいまどうしているのか問い質した。
「返ってきたのは、素っ気ない外交文書を一枚。レアー様が数年前に亡くなって、葬儀も終わったと。それだけだ」
ローゼ妃はレアーナの忘れ形見であるアリシアの身を案じていたが、知るすべはない。知ったとしてもロワイエとバイガルは外交がほぼないので、どうすることもできないのが現実だった。
「義姉さんはレアーナ様が亡くなったことを、ラサ皇国に伝えた。皇国としても問題を重く見てレアーナ様に何が起こったのか調べていた矢先に、君が婚約破棄されたという噂が飛び込んできたわけさ」
その後は、アリシアも知っての通りだ。
「皇帝は私とマレク王子の婚約が破棄されたことにお怒りになった。という事でしょうか」
国同士で交わした約束が破られたとなれば、いくらラサ皇国も黙っていないのは理解できる。
「それはそうなのだけど、ラサは君が考えているよりかなり特殊な国なんだ。他国に嫁いだり婿入りした者は、貴族であっても二度と国には戻れない。けれど今回の件で、現皇帝は国の法律を変えてまで調べさせたんだ」
余程の事がなければ皇帝は動かないらしい。
しかし今回は、その「余程の事」が起こったという事になる。
「皇帝はバイガルとの外交を重要だとお考えなのですね」
アリシアの言葉にエリアスは首を横に振る。
「外交と言うより、皇帝の個人的な感情問題さ。――魔術適性を調べた日の事を憶えてる?」
「ええ」
全く関係ない話を振られ、アリシアは怪訝に思いつつも頷く。
「君の魔力は義姉さんの親族とはいえ、あまりに強すぎた。ヨゼフ師匠と話し合って、俺は義姉さんに相談したんだよ」
(何でしょう。嫌な予感がします)
「ラサ皇国では、皇帝は三人の妃を持つことが慣例とされている。王妃に序列はなくて、最初に生まれた子が次代の皇帝となる。レアーナ様の母上は妃の一人で、皇帝の十番目の娘だそうだ」
一呼吸置いて、エリアスがアリシアを見つめ口を開く。
「つまり君は。皇帝の孫に当たる」
生まれた子は年齢順に継承権を持つが、実のところ三人目以降は貴族や他国に嫁いだり婿入りする。
「ローゼ様も皇帝の血を引いていらっしゃるのですか?」
「義姉さんは皇帝の妹の子だと聞いてるよ。レアーナ様とは歳が近かったから、姉妹みたいに育てられたってさ」
ローゼ妃はレアーナとは仲が良かったが、互いの地位は話題にしなかったらしい。
というかそもそもきょうだいが多すぎる上に、養育環境も「皆平等」が基本なので序列を気にする者はいないのだという。
「レアーナ様がどういう経緯でレンホルム公爵に嫁ぐことになったのか、俺は個人的に調べているそうしたら、別の問題も浮上してきてね……これは関係ないから、また今度話すけど。ともかくそんなわけさ」
「……私が、皇帝の孫?」
「可愛い孫が辛い目に遭ってたら、法律だって変えてしまうのはなんか分かります。あのジェラルド様も、お孫さんにはメロメロですから」
「え、そうなの?」
「お孫さんにねだられると、お菓子やおもちゃを好きなだけ買ってしまうって。お嬢さんが愚痴を言いによくお屋敷に来てましたよ」
マリーに説明されても、アリシアとしては自分が「皇帝の孫」という現実を受け止めきれない。
「アリシアが酷い扱いを受けていた事も露呈したし、改めてレアーナ様に何があったのか事情を聞きたいと現皇帝がお触れを出したのは理解してくれたかな」
「でもどうして……母はバイガル王家や父から蔑ろにされたのでしょう」
「恐らくバイガルの王家は、魔術師の血を恐れたのだろう」
魔術を捨てた国からすると「得体の知れない術」として倦厭される場合もある。
王家はラサ皇国を含め、魔術を使う国を恐れたが、敵対するには分が悪い。
最低限の外交を求めて来るラサ皇国からの申し出を無下にすることもできず、政略結婚を一度は受け入れた。
しかし結局は王家に魔術の血を入れることを拒んだ。
「そんなの勝手すぎます! レアーナ様は身一つで嫁いで来たのに」
「政略結婚が嫌なら、外交官を置くなどの提案のみにすればいい。バイガル王家の仕打ちは、レアーナ様にあまりにも無礼だ」
「お母様……」
しきたりとはいえ、母国に頼ることもできず母はどれだけ心細かったことだろう。
「ロワイエとしても、見過ごすことはできない。公爵からの聞き取りだけでなく、何が起こったのか全てを公にしたいと考えている」
色々な事が頭の中を巡り、アリシアは唇を噛む。
「アリシア?」
「少し疲れました。今日はもう休みます」
掠れる声で告げて、アリシアは席を立った。
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