第10話 ロワイエ国 1

(こんな薄情な婚約者と結婚するより、ダニエラと結婚した方が王子も幸せでしょう)




 未練も悲しみも感じないのは有り難い。これでアリシアの記憶が戻って、彼に縋るような事を仕出かせば全員が不幸になる。




「とにかく、私達は前を向かなくちゃ。あの方達の事は忘れて、しっかり自分の人生を生きましょう」


「なんて力強いお言葉! マリーはお嬢様に、一生ついて行きます」




 馬車の中で手を取りあい、二人は頷く。




 そんなこんなで、馬車の旅を続けること二十日。




 二つの国を通り過ぎ、いよいよ目的地であるロワイエ国の国境検問所に到着した。


 検問所のある町は賑わっており、審査待ちの人々で溢れかえっている。だが一応は公爵令嬢であるアリシアは、特別扱いで王侯貴族が使う門へと案内された。




「――バイガル国、レンホルム公爵家ご令嬢。アリシア・レンホルム様、で間違いないでしょうか……」


「はい。……なにか?」


「いえ、失礼しました。どうぞごゆっくりとお過ごしください」




 僅かに検問所の役人が、怪訝そうな表情を浮かべたのをアリシアは見逃さない。




(なにかしら? 書類に不備はないはずだけれど)




 しかし特に追及されることもなく、アリシア一行は無事にロワイエ国の領地へと入ることができた。




「すごいところを通るのね」




 窓の外に広がるのは、山肌を縫うように作られた道だ。片側は断崖絶壁で、落ちればひとたまりもない。




「ご安心ください! この道は魔術で保護されていますから、転落することはございませんよ!」




 御者がアリシア達に聞こえるように、声を張り上げる。バイガル国からついてきてくれた御者は山道になれていないので、検問所でロワイエ国の者と交代した。


 確かにこの山道では、いくら魔術で安全が確保されていると分かっていても怖じ気づいてしまうだろう。




「見てマリー! あれがロワイエの王都ね! 素敵!」


「わぁ……」




 窓越しに広がる景色に、アリシアとマリーは感嘆のため息を零す。


 眼下に広がるのは、標高数千メートルを超える山々に囲まれた小さな入り江。自然の要塞に囲まれた王都の町並みは、真っ白い壁と青い屋根で統一されている。




「あの白い壁と青い屋根は、古い魔除けの名残だそうですね」




 検問所でもらった冊子を読み上げるマリーに、アリシアは感心する。




「今でも古い文化が残っているなんて、素晴らしいわ」


「ええと昔から魔術が盛んで、戦乱があった時代は傭兵で栄えていたようです。今は和平協定が結ばれているので、周辺国から療養目的で訪れる人々の滞在費用が主な財源だそうです」


「私も魔術を使えるのかしら?」


「誰しも素養はあるらしいですが……」




 バイガル国は、戦乱が終わるとすぐに魔術を捨ててしまった。それは珍しい事ではなく、多くの国が同じように魔術を手放している。




 理由は魔術は「時間の無駄」だと思われてる事が大きな原因だ。


 例えば暖炉に火をつけるにしても、魔術は火の魔術に特化した者が長い詠唱をおこなう必要がある。


 マッチが一本あれば済む事を、長い呪文を暗記して唱えるなど時間の無駄というわけだ。




 なので魔術を積極的に使うのは、今ではロワイエ国を含めた幾つかの小国だけになってしまった。




「何しようかしら。召喚魔術とか格好いいわよね! 私、火を噴くドラゴンを呼び出してみたいわ」


「もっと大人しいのにしましょうよ。……ポーション作りとか」

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