第9話 出発です!2
答えを聞いたマリーは意外そうな顔をする。
「そうだったのですね。私はお嬢様の心情に寄り添おうともせず、ただ励ますばかりで」
「いいのよ。私だってマリーの立場だったら、そうするしかないと思うし」
メイドが進言したところで、父は聞き入れる性格ではないと断言できる。
「でも記憶が無いんだってことを受け入れたら、気持ちがやけにすっきりしてね。頭痛もしなくなって、気分もすごくいいの! だからお互いに、過去の嫌なことは気にしないようにしましょう。大切な人達の記憶は残っているのだから、前向きになった方がいいわ」
「お嬢様……ありがとうございます」
心から安堵した様子のマリーに、アリシアは微笑む。
マリーは亡き母が孤児院から引き取ってきた子だ。
母はよく孤児院や病院を慰問に訪れ、幼いアリシアも同行させた。
あるとき、アリシアと同い年の少女が病で死にかけていると聞いた母は、その少女を館へ連れ帰って来た。
それがマリーだ。
幸いにもジェラルドの処方した薬が良く効き、回復してから今日まで一度も病とは無縁の健康体となり、アリシア付のメイドとして仕えてくれている。
「奥様がお亡くなりになるとき、私はお誓いしたのです。何があろうと、お嬢様をお守りすると」
「その気持ちは、とても嬉しく思うわマリー。でももう気にしなくていいのよ。自分の人生を歩みたいと思ったら、遠慮なく言ってね」
「そんな悲しいこと言わないでください。私にはお嬢様しかいません。何があろうと、一生お仕えいたします」
しかし実質的に、名ばかりの公爵令嬢となったアリシアには、金も権力も無い。
(どうせ国には戻れないわ。父は私の記憶が戻ったらすぐにでも仕事へ復帰させるつもりのようだけど、現実的でないのは自分が一番分かってる)
自分の価値は、公爵家の財産管理と運営の手腕だ。しかし記憶が無くなってしまった今、父からすれば自分の価値はないに等しい。
王子の婚約者という立場も義理の妹に奪われた今、アリシアに残された手札は皆無だ。
(マリーの忠誠は嬉しいけれど、彼女はメイドとしての能力は高い。私なんかに従って、将来を潰すような事はあってはならないし。……落ち着いたら、新しい就職先を紹介しなくちゃ)
金銭面に関してなら、暫くの間は身につけている宝飾品を売れば食うには困らないだろう。なので療養中に自分にもできる仕事を見つけ、「レンホルム公爵」の名が使えるうちに、マリーの紹介状を書かねばと考える。
(この状況で、家の事を考えずに済むのは不幸中の幸いだわ)
父はアリシアが戻ってくることを望んでいるが、妹が王子と結婚したのだから生まれた子を公爵家の跡取りにすればいい。妹に子が生まれて、成人するまで二十年程度と仮定しても、公爵家の財務は専門のギルドから人を雇い入れれば問題ないだろう。
むしろ公爵家からすれば、王家の血が入った子を跡取りにした方が貴族社会で優位に立てる。
多くの子を産み、跡取り以外は有力貴族や周辺国との婚姻を取り付け強い結びつきを作り、王家の繁栄に貢献する。
それが王妃の務めだ。
(王妃の仕事は、子をもうけること……妹も大変な道を選択したわね)
王族の、それも皇太子の婚約破棄など、あっという間に周辺国にも広まるだろう。
どういった事情があれど醜聞は避けられないから、本来は内密に話を進めるべきなのだ。
けれど彼らはそうせず、国中の有力者を城に呼びつけて自分に婚約破棄を言い渡した。
(よっぽどの覚悟があったのね。けれど私からは、何もできない……せめて二人が幸せになるよう祈るだけだわ)
「お嬢様? どうなさったのですか?」
黙り込んだアリシアを心配して、マリーが声をかける。
「妹と王子が幸せになるようにって、祈ってただけよ」
「……お嬢様は優しすぎます」
「いやだマリー、どうして貴女が泣くの?」
「あんな酷い仕打ちをした方々の幸せを祈るなんて……私にはとても無理です」
(……忘れちゃってるから、当事者感覚が無いのよね)
見舞いに来たマレクを見ても恋心が戻るどころか、むしろ「情けない王太子から婚約破棄をされて、結果としてよかったのでは」とまで思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます