しあわせの魔法使い
加賀 魅月
本編
魔女の森という薄暗い森の奥に、一人の魔法使いがいました。名前はレディと言います。レディは『しあわせの魔法』を知っていました。彼女は心優しい魔法使いだったのです。
しかし人々はそれを信じませんでした。
はるか昔、レディのおばあさんのおばあさんがまだ元気だった頃のことです。魔女の森が世界の全てを覆っていました。
ご先祖さまたちは人々を楽しませるための魔法を次々に作りあげました。魔法がもっとも栄えていた頃の話です。
しかしその後、魔法の人気がなくなってきた頃、魔法使いはみんな悪い魔法使いになったのです。人々を悲しませる魔法がありました。人々を殺す魔法がありました。その魔法によって、魔法使いたちは世界を恐怖に陥れたのです。
今はもうそんな時代を終えて、人々が平和に暮らす時代が続いています。
魔女の森が小さくなって行くのとともに、魔法使いの家系は次々に途絶え、今では魔法使いはレディ一人になってしまいました。
彼女はいつも一人ぼっちでした。人々は今でも魔法使いを恐れていますし、仲間の魔法使いはいません。しかし寂しくはありませんでした。昔からずっと一人だったからです。でも、街に住む人々と仲良くなりたいなとは思っていました。
それが叶わないことも、十分に知っていました。町の人々の間では、レディの悪い噂がいかにも真実のように流れているのです。
人々は見たこともないのにレディを嫌い、ある者は憎んでさえいました。
ある日、レディが庭の花に水をあげていると、近くで大きな泣き声が聞こえました。
近くに行ってみると、小さな男の子がいました。どうやら魔女の森に迷い込んでしまったようです。どうしたものかとおろおろしていたら、男の子と目があってしまいました。レディは少し申し訳ない気持ちになりました。
レディは恐れられているのを知っていたので、もっと大きい声で泣かれると思ったのです。
しかし、男の子はレディの姿を見て安心したかのように泣き止みました。
レディは尋ねました。
「私は魔法使いよ。こわくないのかしら」
男の子は言いました。
「魔法使いって、こわいひとなの?」
レディは困ってしまいました。
「どうかしら。でも、私はお花が好きよ」
男の子は笑いました。
「それなら怖くないね」
男の子はリトルという名前だといいました。
「ねえ、リトル。どうしてこんなところにいたの?」
リトルは答えます。
「お父さんとお母さんがケンカしてるんだ。もうずっと。おとといからご飯を出すのだって忘れてる。ぼくがいなくなったって気づかないよ」
リトルは唇を尖らせて、拗ねたようにいいました。仕方がないので、レディはリトルを自分の家に連れて帰りました。
「ねえ、魔法の話を聞かせてよ」
家に着いてすぐ、ご飯を食べながらリトルは言いました。
レディは、魔法使いの歴史について話してあげました。
「この森はね、魔女の森って言うんだけど、大昔は世界中どこに行ってもこの森が続いてたのよ」
「うっそだー!」
「魔法使いの家に伝わる伝説よ。魔女の森の一番奥にある世界樹が、私たちのご先祖さまに魔法の力を授けてくれたの。そして世界樹が根を伸ばすこの森全部が魔法の力で溢れていたのよ」
「世界樹は今どこにあるの?」
「もうないわ。昔、魔法使いが人々にこわい思いをさせた時に切り倒されてしまったの」
「こわい思いってなに?」
「人々がなにも知らずに魔女の森の木をたくさん切ってしまったの。それを知ったご先祖さまたちはとても怒って、街を焼き払ってしまったのよ」
「ええ!」
リトルの顔が真っ青になります。
「私には使えないわよ、そんな魔法」
もっとも、私は。
レディはリトルに気づかれないように少し沈んだ顔をしました。
実は、レディはほとんど魔法が使えなかったのです。
「そもそも、魔法っていうのは人を楽しませるためにあったものなのよ。今ではもうなくなって、魔女の森もすっごく小さくなってしまったけどね」
大昔の魔法使いは、人々を笑顔にすることができたという。私もそんな魔法使いになりたい。そうしたらきっと町の人たちとも仲良くなれる。
「そっかあ……。じゃあ、もし今も本物の魔法使いがいたら、お父さんとお母さんのケンカを止めることができたのかなあ……」
リトルの独り言をきいて、レディは答えます。
「いい、リトル。それは魔法使いにはできないわ」
レディの言葉に、リトルは落ち込んでしまいます。
「でもね、あなたなら止めることができるのよ」
レディは胸を張ります。そして言いました。
「特別に『しあわせの魔法』を教えてあげるわ」
「魔法! ぼくが?」
「ええ。と言っても、これは誰にでも使える魔法なの」
「ええー、なにそれ?」
「ふふ。『しあわせの魔法』っていうのはね、言葉なのよ」
リトルは首をかしげます。
「ことば?」
「いつもありがとうとか、大好きだよとか、そういうのをちゃんと言ってあげるのよ。そうすると人の心は動かせるの」
リトルは大きくうなずきました。
「わかった! 言ってみるね!」
リトルは家を出て、ドタドタと走って街を目指しました。
レディはふぅ、とため息をつきました。
リトルの言葉を反芻します。
「本物の魔法使いだったら、か……」
リトルは話しているうちにレディが魔法使いであることを忘れていたようですが、レディも魔法使いです。だけど、レディには魔法が使えません。
魔女の森の力が弱まり、魔法使いの血も薄れてしまっています。
レディはきっと、魔法で人々を楽しませることはできないでしょう。
けれど、それでもいいのです。
レディは今残っている魔法で、少年を助けようとしました。
レディは正しい魔法使いです。だから、嘆くことなどなにもないのです。
きっと明日には、リトルがたくさんの友達を連れて森にやってくるでしょう。
レディも、きっと笑っています。
しあわせの魔法使い 加賀 魅月 @making_your_night
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます