第2話 止まった記憶、成長した身体

 隣人こと伊井 隼太はやたは1つ年上だった。登校班が同じというだけで、接点はなかった。学年が違えば基本遊んだりしないだろう。

 そしたら、きっと彼からしたら「ただの隣人」にしか思われない。

 それは嫌だった。だから毎日のように隣の家に遊びに行った。当時の私が子どもだったからできた芸当だろう。

「遊ぼう!」と虫取り網を手にインターホンを鳴らしたり、

「ハルナちゃんとクッキー作ったの!」と型抜きされたクッキーを差し入れたり。

 まあ、要はアプローチをたくさんしたのだ。その様子を温かく見守る隼太ママのユキさんは、

「ひーちゃんは良いお嫁さんになるわねぇ」

 と頬に手を当てながら言ってくれる。たぶん私の気持ちに気づいての援護射撃というやつだったのだろうが、残念なことにはやにぃはものすごく鈍いのだ。

「また来たの」とは言うものの、口調ほど拒む様子はなかった。

「うん!隼にぃに相応しいお嫁さんになれるように頑張ってるんだよ!」と直球で言ったところで、

「僕のほうがに相応しくないと思うよ」と返される。

 謙遜なのか自己評価が低いのか。この場合どちらでもなくて、相手にされていないというのが正しいだろう。

「ひーちゃん、今日もお夕飯よかったら一緒にどう?じつは隼太の好きなオムライス作りすぎちゃって」

 えへ、といたずらっ子のようにユキさんは微笑はにかむ。

 その笑顔に、胸がぎゅっとなった。ガラスの破片を呑み込んでしまったみたいにチクリと胸が痛む。無意識ながら隣の部屋のほうの壁に視線をやり、

「……今日、は……やめとく」と小さい声で呟く。

「……昨日のことなら、気にしなくっていいのよ?」

 ユキさんはちょっと困ったような笑顔で言った。

「あっ 違うの!あのね、今日はハルナちゃんの中学入学のお祝いするから、ご馳走作るんだって!だから…………」

 もじ、と指が動く。これ以上の言葉は思いつかずに黙ってしまったのだ。ユキさんは「そっか」とそれ以上なにも聞かず、

「じゃあ、食べたくなったらいつでもおいで?もちろん隼太くんに会いたくなったらでもいいけどね」

 と明るく送り出してくれた。


──この記憶で、時が止まっているのだ。


 けれど目の前にいるのはまぎれもなく自分で、わけがわからなくなった。

 青白く細い身体に、ほんのり茶色がかった長い黒髪。短めのまつ毛が嫌で、鏡を見る度によくため息をついたものだ。けど記憶よりもずっと成長している。なぜ自分だとわかったか、なんて私が私だと証明するようなものだ。要は、感覚的に「わかる」としか言えない。


 私の──片寄ひつぎの体が目の前に横たわり、呼吸器をつけ、まるで屍人のように目を閉じている。一方「私」は、己の腕も足もうっすら透けているうえに、視界に映る手が明らかに横たわっている私よりも幼かった。


 こんな非現実的な状況に、私はただ呆然とした。

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