坂田兄弟の貯金箱金の使い道

藤泉都理

バレンタインチョコ




 世の中にはバレンタインにご褒美チョコと称して、自分用に五万、十万と使う輩がいるらしい。

 俺は違う。


 一円、五円、十円、五十円、百円、五百円。

 この貯金箱に入っている小銭分だけ、バレンタインチョコを買うのだ。

 ふふふふふ。

 さて、今年はどれだけのバレンタインチョコを買ってやろうか。

 質より量を取ってやろうか。

 量より質を取ってやろうか。

 ああ、どれもこれも美味しそうだ。

 お酒入り、特産の果物入り、有名パティシエ、有名ホテル、海外ブランド、ケーキ、クッキー、マカロン。

 くう。目移りしてしまう。選べない。選ばなければいけない。くう。

 時間ができれば、大型ショッピングセンターのバレンタイン特設コーナーに足を運んで、何周も何週も回り続けて、迷いに迷って、予算と相談して、手を伸ばしては引っ込めて。

 そうして、ようやく、特設コーナーがなくなるまでに、一万十一円という予算内で買ったバレンタインチョコ。


 二千五百円のザッハトルテ。

 二千五百円の十種十個のショコラ。

 二千円のオランジェット。

 二千七百円のマカロンボーロ。

 三百円のチロルチョコ。


 あっという間になくなるだろうが、味わって食べるからね。

 ニマニマニマニマ。

 円卓に置いたご褒美チョコの数々を見つめてのち、一人暮らしのアパートを出て大学へと行った。






「ぎゃああああ!!!」

「んだようるせえな」


 大学に行って、アルバイトを終えて、ルンルン気分で帰って来たアパート。

 鍵をさして回転させるも手ごたえがない事に気づく。

 どうやら鍵が開いているようだ。

 どうせまた兄貴が来ているのだろう。

 大学入学を機に一人暮らしを始める息子を心配した親が、様子を見てねと兄貴に合鍵を手渡してから時々勝手に入ってきているのだ。

 大体が、恋人のみっちゃんの惚気話を聞かせようと、待ち構えているのだ。

 去年のバレンタインに兄貴が告白されて、付き合う事になったらしいが。

 手作りチョコをもらったんだぜ羨ましいだろうあげないけどな。とかなんとか、ドヤ顔で言いに来たに違いない。

 全く迷惑な話である。


 と、予想しながら、玄関を開けると。

 果たしてそこには予想通り、兄貴がいたのだが。

 予想外の事も同時に起こっていた。

 俺が買って来たバレンタインチョコを兄貴が食べてやがっていたのだ。


「何してやがんだこのクソ兄貴があ!!!」


 どすこいどすこいどすこいごっちゃんです。

 俺は張り手を何発も兄貴の背中に喰らわせて、バレンタインチョコから遠ざける事に成功。素早く被害を確認。二千七百円のマカロンボーロが消失。


「ぎゃあああああ!」

「んだよこんだけあるからいいだろうが一個くらい」

「よくねえよバカヤロウ!この世にたった一つしかねえんだよ!もう食べられねえんだよ!」


 もしかしたら来年も同じ商品が売り出されるかもしれない。

 けれどそうではない可能性も高いのだ。

 そう、食べられない可能性が大きいのだ。

 それを。この兄貴が。


「みっちゃんからもらったチョコで十分だろうが!」

「みっちゃんからもらえなかったんだよ」

「………ああ。もうフラれたのか」


 なるほど。フラれて俺に慰めてほしくて部屋を訪れるとチョコの山があってやけ食いをしたと。それならしょうがない。


「なんて言うかクソバカ兄貴があああ!」

「違うわフラれてねえわ。みっちゃんがバレンタインチョコは告白する時しかあげない主義だからもらえないだけだわもらいたいけどねしょうがないね」

「もらえなくて悲しいからって弟の楽しみを奪うかふつう!?チョコが食いてえなら自分で買えやああ!」

「………悪い。そうだよな。こんだけあるなら食べてもいいって。いいわけないよな。ごめん」


 突然しおらしくなった兄貴に、けれど俺は騙されやしなかった。

 次の一手があるのだきっと。

 俺を巻き込む迷惑な一手が。


「お詫びに。一緒に行こうぜ」


 兄貴は床に置いていたリュックサックを手繰り寄せると、中から貯金箱を取り出して言った。


 この中に入っている小銭で小旅行しようぜ。











(2024.1.28)



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