第29話 会議前

扉が開かれ、真っ先にスラッシュの視界に入って来たのは、お菓子を食べながら楽しそうに喋っている2人の女の子。

1人は薄っすらと青みがかった白い髪をした獣人、もう1人はピンク色の髪をしたツインテールの少女であった。

そして、少し視界を広げると、2人がいるテーブルから少し離れた場所にあるソファに、彼らよりも少し先に屋敷の中に入って行ったはずのエレオノーラが寝転がっていた。



「ああっ!

あんたがシルヴィーちゃんたちのボスね!

あたしはユリアよ!」


「あ、えっと…初めまして、ユリアちゃん」



ドアが開かれ一瞬だけ目が合った途端にユリアは威勢のいい声で自己紹介をする。

不意を突かれた感じの彼はとりあえずの挨拶をした後、その場に立ったまま彼女を見ていた。



ああ…なんかユリアだなぁ~

アリシアちゃんたちのようにフィギュアを作ってたわけじゃないけど、まさしくって感じだよなぁ~



「ちょっと、あんた!

あたしが名乗ったんだから、あんたも名乗りなさいよね!」


「あ、ごめんごめん。

オレは名前はスラッシュ、これからよろしくね」



スラッシュがそう言うと、ユリア、アリシア、シルヴィー、そしてエレオノーラまでもが驚いた様子で彼の顔を見つめる。



え?なに?

オレ、なにか変なこと言った?



「我が君よ、そなたの名はスラッシュというのか?」


「え?そうだけど。

朝、言ってなかったっけ?」


「いいえ、聞いておりません。

それは別にいいのですが…

ご主人様、前の世界だと日本の苗字と名前がありましたよね?」


「そうだよね!

主の名前ってそんな感じじゃなかってボクも思う!」


「ああ、ごめん。

朝、目覚めた時にこの名前にしたんだ。

なぜかわからないけど、前の世界での自分の名前がどうしても思い出せなくてね。

だから、この名前はこの世界でのオレの名前ってことになるみたい」


「そうだったんですね。

私たちも、なぜかわからないんですが、ご主人様の名前が思い出せなくて…」


「幸い、我であれば我が君、アリシアはご主人様、シルヴィーは主といったようにそなたのことを呼んでおったし、特に問題もなかろうと思っていたのじゃが…」


「え?!

みんながボスの名前を知らなかったって本当だったの?!

あたしにだけ秘密にしてたわけじゃなかったんだ!」


「ボクがユリアちゃんだけ仲間外れにするわけないよー」


「ありがと!シルヴィーちゃん!

さすがあたしの親友!

その言葉と~っても嬉しいわ!」


「まぁ、そんなわけで、みんな。

オレのことはこれからスラッシュって呼んでくれていいよ」


「ん~…ボクは主って呼ぶ方が好き!」


「私もご主人様とお呼びするほうがしっくり来るといいますか…」


「まぁ、以前の世界から我らは我が君のことをそう呼んでおったからのぅ」


「へぇ~、みんなそうなんだ。

だったら、せっかく名前があるんだし、あたしがあんたのことスラッシュって呼んであげる!」



ユリアがドヤ顔でスラッシュに言う。



別に呼んでもいいとは言ったけど、そう呼んで欲しいとは言ってないんだけどな。

ま、いっか。



「ユリアちゃん。

ご主人様のことを名前で呼ぶのは構わないけど、呼び捨てはどうかと思いますよ~」



口角を上げ笑みを浮かべたアリシアが彼女に優しい口調で言うが、その目は全く笑っていなかった。

そして、その言葉を聞いたユリアは彼女の顔色を窺いながら、先程までの快活な口調ではなく、しどろもどろになりながら返す。



「あ…えっと…スラッシュ様…って呼ばせてもらおうかしら…」


「ユリアちゃんが賢い女の子で良かったです」



ユリアの返事を聞いたアリシアの目はいつもの優しいものへと戻っていた。



さっきのって完全に脅してたよね!

え…アリシアちゃんて…もしかして、実はめちゃ怖い人なの…?



「さてと…

そなたらもいつまでもそこに立っておらんで席に着いてはどうじゃ?」



エレオノーラはソファから立ち上がるとテーブル席に着き、パンと音を出して手を叩いた。

すると、厨房に繋がる扉からガンマが姿を現す。



「食事の前に休憩とこれからの話をしようと思うておる。

ちょっとした茶などを用意せよ」


「かしこまりました、マイレディー」



彼女はそう返事をすると、出てきた扉へと戻る。

そして、程なくしてティーポットやカップなどを載せたワゴンを押して戻ってくると、皆に紅茶と茶菓子を用意した。



改めて見ると白髪のメイドさんも良いよなぁ。

なんだか気品があるというか…


「ご主人様、どうかされましたか?」



ガンマに見惚れていたスラッシュにアリシアが問う。

その顔は少し怒っているように見えなくもなかった。



「あの、ほら…

ガンマもそうだけどさ、アルファとかベータもちゃんとメイドとして板に付いているよなぁ~って思って…」


「あ、そういうことだったんですね。

それは、私がこの1年近くみっちりと教え込みましたから」


「あ~なるほど。

アリシアちゃんて、オレの作品の中じゃメイドが本職みたいなものだったもんね。

それにしても、よく1年くらいでここまで教育できたね」


「アリシア必死だったからねー」


「必死?」


「スラッシュ…様が目覚めた時にあんたの専属メイドになれるように頑張ってたのよ。

アリシアが抜けても大丈夫なようにね。

まぁ、最初の頃は3人も大変みたいだったけど」


「…そういえば、その話で思い出したが…

そなたら、この部屋の前で、扉も開けずに何やら話をしておったようじゃが。

…もしかして、今宵の話でもしておったのかのぅ?」


「今宵の話?

なんのことだ?

アルファと闇ギルドについての話は聞かせてもらってたけど」


「なんじゃ、我はてっきり…」

「あ!

ご主人様は気にしなくていいです!」


「クフフ…」


「もう!エレノアさん!」


「まぁまぁ、たまにはこういうノリも悪くはないのぅ」


今晩何かあるのか?

まぁ、オレって1年ぶりに目覚めたみたいだし、何かサプライズでも用意してくれてるんだろうな。

ここは、あまり追求しないでおくか。

それよりも、今日1日一緒にいたけど、ユリアも含め、みんな仲が良いみたいで良かったよ。



ここからしばらくの間、歓談が続くが、その話題に一区切りがついた時、エレオノーラが言う。



「さて、我が君よ。

そろそろ今後の方針について話合いでもせぬか?」


「確かに…それもそうだな」



スラッシュの言葉を聞き、周りの者たちの顔が真面目なものへと変わった。

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