十三、雀百まで恩讐忘れず

「こりゃ補助なんざ要らねぇか?」


 五来ごらいが呟いた先で超級音念ローカスが断末魔の苦叫を上げる。まだら模様の身体が幾度となく引き裂かれ、背筋にやすりを当てるようなおぞましい音を立てて、散り散りに崩壊していく。

 その中心では、一対の祓念刀が鬨の声を上げていた。


『ぎ、ヂッ、ぎぢィィ……』


 通常、五ツ星の昇級試験の初回は落とす。上級と超級ではあまりに勝手が違いすぎて、並みの隊員なら途中棄権、良くても慣れるまでに制限時間を超過するのだ。

 いずれにせよ補助役がほとんどの始末を担うものなのだが――。


 今、五来はただ見ているだけ。手を貸す必要がないどころか、口を挟む余地すら見出せないのだから、思わず笑ってしまう。


 照廈てるいえ雀嗣わかし。唯一の二刀流にして、最年少で四ツ星を取得し班長になった男。

 初めて逢った頃はこれほどの逸材になるとは思わなかった。

 何しろあの時の彼は。


 ――毎日泣き散らかしてた、あのチビがなぁ。




 ♫*・・・…




 およそ十二年前、テルイエグループが所有する研究施設のひとつで、大規模な火災が発生した。

 二十を越える死傷者を出した重大事件であり、犠牲者の中にはワカシの母親が含まれている。彼女ともう一人は焼死ではなく思念自殺と断定された。


 当時ワカシは小学生だったが、後継者としてたびたび社内を連れ回され、役員会議に同席させられることも稀ではなかったそうだ。

 事件当日も母親と一緒にいた幼い御曹司は、悲劇を目撃したうえ自分も広範囲に火傷を負った。


 何しろ照廈家の一人息子。重大事件遺族に付きものの『事後対応』――トラウマによる発声源化への対策として、武装した葬憶隊員が付き添うのにも、通常の比ではない厳戒態勢が敷かれた。


 言わずもがな警護は複数名のローテーションで二十四時間体制。

 さらに『勤務中見聞きしたことは一切口外しない』との誓約書にサインさせられたので、詳細を知る者はごくわずか。

 五来は当時まだ通常班に所属しており、警護を担当した一人だ。


 特別仕様の孤独な病室には、毎日のように少年の泣き声が響いていた。


 母親を失うには幼すぎる。それに彼女と同時に思念自殺を遂げ、出火の原因でもあったと推測されている、秘書を務めていた女性とも親しかったらしい。

 もちろん火傷の痛みも昼夜を問わず彼を苛んでいた。そればかりか、顔や体に少なからぬ痕が残ることを早々に宣告されてもいた。

 なんでも施設内に保管されていた化学薬品の関係で、皮膚移植に制限があったらしい。


 父親の磯彦いそひこは、少なくとも五来が知るかぎり、一度も見舞いには来なかった。身の回りの世話をしにきていた使用人たちも嘆いていたほどだ、旦那様は薄情すぎる、と。

 社長業で多忙なせいもあろうが、少なからずバツも悪かったのだろう、と五来は思う。

 照廈磯彦の女癖が悪いことは一部では有名な話だ。火災を起こしたとされる妻の秘書とも愛人関係にあったとの噂もあり、彼女が夫人ともども思念自殺に至ったことと、まず無関係ではあるまい。


 ワカシは来る日も来る日も嘆いていたが、とうとう涙が枯れ果てたのか、ふつりと慟哭が止んだ。

 そして人が変わったように毅然とした態度で「葬憶隊に入りたい」と言い出したのだ。


 どういう風の吹き回しだろうか。ともに警護に当たっていたナギサと話したところ、彼女はさらりと答えた。


「私が勧めました」

「へぇ? まあ坊ちゃん、おまえにゃ大分懐いてるみたいだけどよ」

「そうですか。五来先輩のことも褒めてますよ、時々は」

「ハハ、おい、はぐらかすな。何言ったんだ?」


 後輩は捉えどころのない女だ。彼女が感情的になった姿など一度も見たことがないし、だからこそ傷心の御曹司を励ましたり慰めるような役割も似つかわしくない。

 第一にして、ワカシの表情は明るくなったわけでもなかった。

 ただ泣くのを止めただけで、無残な傷痕の上に並んだ瞳は石や氷のように冷たく凝っているようだった。ナギサのそれとよく似た風情で。


 だいたい葬憶隊にはまっとうな経歴の人間が少ない。まともな環境で生きてきた人間にとっては魅力的とは言い難い職業だからだ。

 だから実のところ、五来はこのとき問うた時点で、両者の眼の色が語る事実を悟ってもいた。


「――人を殺すより有益だ、と」




 ♪*・・・…




 甲高いブザーが試験終了を告げる。ワカシは力が抜けそうになる膝をなんとか叱咤して、その場に崩れるのを避けた。

 とはいえ二振りの祓念刀を杖代わりにしたような体勢では、どうしたって恰好はつかないけれど。


「お疲れさん。満点だな」

「え……でもボク、かなり……ハーッ……出遅れ、ちゃい、ましたけど……」

「並みの奴はそこで終わんだよ。……とっ」


 残留奏ディレイが残っていたらしく、ゴリさんは自身の祓念刀を軽く振った。

 祓念刀の性能自体は誰でも同じだが、形状などは個々の体格や癖に合わせて調整カスタマイズされており、彼のそれは太くて大きい。軍刀サーベルというより巨大なナタだ。


 諦めてゴリさんの肩を借りながら訓練室を出たところで、ブザーとは違う種類の音が耳に入った。

 小物用のトレーがガタガタ言っている。サングラスの下で端末が震えているらしい。

 すぐに止んだところを見るに電話ではないようだが、ワカシはいそいそと確認した。正直に言えば三ミリくらいはナギサからの着信の可能性を夢見ていた。


「……あ、総隊長さんだ」

「お? 婆さん、そんなに試験結果気にしてんのかよ」

「いえ、……え、えぇぇ~……そんな、このタイミングで支部長からお呼び出しって、ボク何かやっちゃいました? 解雇クビ!? それとも異動左遷!!? ヤダヤダこわいよぅ行きたくないよぅ~!!」

「何言ってんだ。ほれ」


 ゴリさんはワカシの手にサングラスを握らせると首根っこを掴む。圧倒的な腕力ストレングスの前に、せいぜい細マッチョ止まりの元お坊ちゃんはなすすべなく、どこぞの宅配会社のロゴマーク状態になった。

 そのまま「いやぁぁぁ……」と断末魔じみた悲鳴を響かせながら連れ去られるワカシを、後片付けに来た従業員たちが苦笑いで見送る。


「なんだいありゃ。さっきまですごい顔して超級ぶっ殺してたのと同じ人間には見えんな」

「ハハ、確かに」



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