鳴かぬ蛍は残響《ノイズ》を消《ころ》す
空烏 有架(カラクロアリカ)
零 ▣ 音念<ノイズ>殺しは命を啜る
一、その少女には声がない
保護者不在。えも言われぬ甘美を湛えたその言葉を前に、少女は沈黙していた。
遊びたい盛りの十代の男女、大人の眼がない、二人きりの部屋。やや硬めのソファーに身を投げ出したる幼馴染みの
自分も端末を取り出して確認するが、今日は朝方の一件を除いて通報はなし。そちらはすでに処理済で、新たに緊急の呼び出しを受ける気配は、ひとまず薄い。
最後の通知をもう一度見返す――『今夜は遅くなりそうだから夕飯は時雨と二人で好きに食べて』。
具体的な時間の記載はない。ただ文末に鎮座する虎の絵文字が、本来の無表情を歪めてにやりと笑っている気がした。
「……」
少女は沈黙したまま時雨の肩をつつく。
否、――黙っているのではなかった。形のいい唇を開き、咽頭を震わせても、音が出ないのだ。
原因はわかっていない。検査しても神経や声帯には異常は見つからず、心因性ではないかと言われてはいるが。
「ん、わーってるよ飯だろ。調べたけどいつもの町中華は定休だった」
「……」
「どーすっかねぇ。金は預かってるし、適当に作るより食いに行きたいよな~。
「……」
「へ? いいけど」
声は聞こえていないけれど、時雨はちゃんと蛍の唇を読んで、こちらの言いたいことを察してくれる。もう長い付き合いだからお互い慣れていた。
「……」
「ああ、一応
少年少女は家を出る。見た目は小さなアパートで、門扉には『隊舎〈
二人の衣装は揃いの詰襟である。時雨は下がパンツ、蛍はスカートの違いはあれど、お互い同じ仕立ての軍帽と軍刀も身に着けて、いかにもな出で立ちだ。
職務のない時でも緊急の招請に備えるため、外出時には制服着用の定めがある。
……数十年前より、人の強い思念が怪物化するようになった。この奇怪な現象は人びとの心を恐怖と不安で満たし、ますます異形を生みやすくするばかりで、事態はゆるやかに悪化の一途を辿っている。
市民は法を超えて武装し始め、治安までもが危うくなった。
蛍と時雨は、例外にして全き正当な公権力である
まだ十代半ばの若年だ。ときどきは学校に行くが、任務が最優先で、もはや学業は第二の身分にすぎなくなった。
本来なら子どもに任せるべきでない、楽でも安全でもない仕事だ。対価は班長という名の保護者と、不自由のない衣食住と、わずかな特権だけ。
むろん養護施設も選べたけれど、あまり良い噂を聞かないのは今やどこも同じ。
さて、そんな二人がてくてく歩いて訪ねたのは、川向こうにある一軒のうどん屋だった。
「いらっしゃいませー、空いた席に……」
こちらを見ずにテーブルの片づけをしていた店員の声が途切れる。入ってきたのが武装した、仰々しい黒装束の二人組と気付いたからだ。
どうしてもこの服装は非日常と緊迫感をはらんでしまう。商売屋としては招きたくない客だろう。
蛍は少しムッとしながら、時雨の向かいに腰を下ろす。……隣だと彼が唇を読みづらいから。
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