赤絨毯のホテル
高速道路を降りたバスはそのまま市街地に突入する。
周囲の景色は見慣れた地元のそれのようでいて、やはり少しだけ異なる都市部の様相へと変化していた。
多くのビルや商業施設が軒を連ねているにもかかわらず、やけに空が広く感じられる。
多分それは俺たちが住まう県の市街地に比べ、建物と建物との間隔が広いせいだろう。
舞は先ほどから通路を挟んで斜め前に座っている副担任の新任女性教諭と、当地の名物スイーツの話題で大いに盛り上がってるようだった。
年齢でいえば五つか六つしか変わらない副担任とは、普段は滅多に絡む機会などなかったのだが、わずか数分のやり取りで異常なまでにその距離を縮めていた。
副担任に至っては、敬語で話す舞に「タメ口でいいよ~」とまで言い出し、それを舞にやんわりと断られると、まだあどけなさを残した顔に寂しそうな表情を浮かべてみせる。
彼女らの横に座る俺と小池先生はといえば、ちぐはぐなそのやり取りに苦笑いを浮かべるばかりだった。
やがてバスは大通りから細く狭い路地へ入ったところで、その巨体を道の脇に寄せるとエンジンの鼓動を止めた。
バスを降りて荷室から荷物が出てくるのを待っていると、不意に肩をトントンと二回叩かれ振り返る。
そこに立っていたのは級友でもなければ先生でもなく、空港からここまでの旅を共にしたバスガイドさんだった。
「ご一緒に座られていた女の子はあなたの彼女さん?」
あまりに唐突な質問に狼狽えていると、それを察したのか彼女は慌てて言葉を続けた。
「あ、ごめんなさい急に。でも私、どうしてもあなたに言いたくなってしまって」
「なんですか?」
「私はこのお仕事をしてまだそんなに日は長くないですけど、それでも毎日沢山のお客さんと接しているから何となくだけどわかるの。あなたの彼女、本当にいい子だね」
言わんとしていることは何となくわかったが、それに対して何と答えるのが正解なのかまではわからなかった。
「本当にごめんなさいね。それだけだから」
彼女はそれだけ言うと、少し申し訳無さそうな顔をしてから背を向け立ち去ろうとする。
「あの!」
何か言わなければ。
その思いだけが先走り、そのあとの言葉を用意していなかった。
「……ありがとうございます」
振り返って笑顔を見せた彼女は、白い木綿の手袋をつけた手を上品に振って応えるとバスの中に乗り込んでいった。
大正期の銀行や百貨店を思わせる小洒落た意匠の外観をしたこの建物が、俺たちの修学旅行初日の宿だった。
立派な外見に見劣りすることのないホテルの内観は、子供の頃に親に連れられて行った長崎の老舗ホテルを思い出す。
そう言えばこの町の雰囲気もそこはかとなくではあるが、長崎の町と似通っていた。
二百人からの大所帯で埋め尽くされた赤絨毯のロビーで今後の予定が簡単に告げられたあと、二基あるエレベーターをフル稼働させて各個割り当てられた部屋へと移動する。
俺の泊まる四人部屋は偶然にも全員がテニス部で、しかも合宿の時と同じ顔ぶれであった。
彼らとは気のおけない間柄なのでその点は嬉しかったが、唯一の懸念はその中に聖が含まれていたことだった。
これはもはや俺の宿命なような気もするので諦める他ないだろう。
部屋のある五階に到着した旨を知らせるアナウンスと共に開いたドアを出ると、赤絨毯が敷き詰められた廊下を部屋を求めて進んで行く。
目的地である504号室は、その内装こそモダンな雰囲気を醸し出してはいたが、十二帖ほどのワンルームにシングルサイズのベッド四台が所狭しと並べられている様は、言ってしまえば少し広めのビジネスホテルといった風だった。
もっともこの部屋は今夜一晩寝起きをするためだけの存在なので、その広さに関してはどうでもよかった。
問題があるとすれば、誰が聖の横のベッドを使うかということであろう。
その不幸を引き当てた人間は、彼のマシンガントークと病的なイビキによって、恐らく今夜は寝ることが出来ないはずだからだ。
「飛行機に続いて部屋でも隣になれるなんて、五月とはやっぱり縁があるみたいだな。もしかして前世でなんかあったとか?」
もし本当にそうであれば、それはきっと仇同士だったはずだ。
なんなら今ここで成敗してみるのもいいかもしれない。
ちなみにこのあとすぐに食堂で夕食を取り、そのあとは近隣の名所を見学することになっていたので、部屋でゆっくりと寛いでいるような時間はなかった。
キャリーバッグからスマホを取り出しポケットにねじ込むと、ルームメイトたちと二階にある食堂へ移動を開始する。
バイキング形式の夕食はお世辞にも美味いものではなかった。
俺としては当地の名産品の蟹や蟹や蟹などを期待していたのだが、蓋を開けてみればハンバーグやミートスパゲティなどといった、まるでファミレスのお子様ランチを彷彿とさせるようなラインアップだった。
それでも聖などはウマイウマイと言いながら、何度も有り難そうにおかわりをしたので、元々勝手に蟹とか蟹とか蟹を期待をしていた俺の方にも問題があったのかもしれない。
唯一の例外として、『北海道産ジャガイモ使用』とデカデカと書かれていたポテトサラダは、毎日食べてもいいくらいの逸品であった。
夕食を早々に切り上げた俺は、一足先に集合場所であるロビーへと向かった。
赤絨毯の上に並べられた応接セットのソファーに腰を下ろし、スマホを弄りながら時間を潰す。
それにしてもこのホテルのWi-Fiは異常なまでの高速っぷりだ。
料理の味はいまいちだったくせに。
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