飽きもせずに
誓いを立てあった俺と彼女は、それ以上なにかを喋るということをしなかった。
喋る必要がなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
俺たちはもう、永遠に一緒なのだから。
何をするというわけでもなく十数分の時が流れた頃、俺は突如やってきた睡魔とひとり戦っていた。
昨日今日の練習疲れが出たのだろう。
もう一時間もすればバーベキューが終わり、この部屋の住人たちも戻ってくる。
その前に撤収しなければならないのだが、それまで俺が持つかどうかが問題になってきた。
「ゴメン舞、起きてる?」
「うん。起きてるよ」
「あの。変なこと言うようだけど、冷却シート一枚貰ってもいいかな?」
「あ、うん。そこの袋の中にあるから。……あ、二枚取って」
言われた通りに枕元にあった袋から二枚のシートを取り出し、一枚を自分のおでこに貼ってから、もう一枚を彼女に手渡そうとした。
「イツキごめん。それ、貼ってもらってもいい?」
「そんなに具合悪いの? 先生、呼んでこようか?」
「ううん。そうじゃなくって、片手だと上手く貼れないと思うから」
その言葉の意味はわからなかったが、そのくらいのことであればお安いご用だ。
「どこに貼ればいい?」
「さっき、イツキが言ってたとこ」
「ああ、脇の……え?」
思いも寄らない彼女の返答に、冷却ジェルシートのフィルムを剥がす手が止まると同時に顔がカッと熱くなった。
額に貼ったシートの熱交換が追いつかない。
「お願い。イツキにだから頼むの」
それはまあ、そうなんだろうが……。
「……わかったよ」
プルプルと細かく震える右手を彼女の布団の中に差し込むと、驚くほどの熱さに手が引っ込んでしまいそうになる。
彼女の発熱は
上着の袖の間からシートを差し込もうとするも、どうやら彼女は長袖のジャージを着込んでいるようだった。
「……下からきて」
再び俺の顔は異常な発熱を起こし、額のシートはいよいよ干からびそうな勢いで熱を吸い上げる。
俺は覚悟を決めた。
左手で彼女の上着の裾を捲くり、シートを載せた右手を脇腹に沿わせるような形で上へ上へと向かわせる。
その道中で手の甲に恐ろしく柔らかなものが当たった。
「ご、ごめん!」
「……ううん、平気」
気を取り直して彼女の腕の内側を探り当てると、シートの粘着面をそこにそっと押し当てた。
「きゃっ! 冷たいっ!」
なんとか任務は成功したようだった。
胸を撫で下ろすのは後回しにして、いまは急いで彼女の服の中から出ていかなければ。
「……あれ?」
荷物を届け終えてお役御免となったはずの俺の手は、彼女の二の腕と身体にきつく挟まれて身動きが取れないでいた。
次の瞬間、彼女の反対側の手が俺の肩を掴むと一気に引き寄せられる。
俺は頭から勢いよく彼女の布団の上に突っ込んでしまった。
「ちょっと舞! なん――」
目の前十センチの位置に彼女の顔があった。
熱のせいかそれ以外の理由かはわからないが、潤んだ瞳が俺のことを真っ直ぐに見据えている。
「疲れで熱が出てるだけで、風邪みたいに
やはり目の前にある、濡れたように
彼女の呼気に混ざる甘い匂いを吸い込んだ直後、俺は頭の中が真っ白になるのを感じた。
そして、まるで花の香に導かれたミツバチのように、彼女の唇にゆっくりと吸い寄せられる。
それは聖なる瞬間だった。
それからしばらくの間、俺と彼女は互いの蜜を吸うことに夢中になっていた。
角度や深さを様々に変えながら、飽きもせずに相手の味と感触を確かめ合う。
この世界に漠然と存在する、『時間』という概念を先に思い出したのは彼女の方だった。
「イツキ、そろそろみんなが帰ってくると思うから」
「……ああ、うん」
小池先生のお墨付きがあるとはいえ、女子の寝室に上がりこんでいる姿を他の生徒に目撃されていいことなどあるはずもない。
「それじゃ戻るよ。お大事に」
「あ、待って!」
手招きをされて近づくと、最後にもう一度だけ軽く唇を合わせてくる。
「イツキ、おやすみなさい」
「うん。おやすみ、舞」
俺は来た時と同じように足音を殺しながらロッジを後にした。
自分のロッジに戻った俺は、フワフワとした気分のまま布団に潜り込むと、ルームメイトたちが大騒ぎしていることなどまったく意に介さずに先ほどの出来事を思い返していた。
夢見心地とはまさに、今のような気持ちのことをいうのだろう。
熱のせいというのが大きかったかもしれないが、彼女の唇は焼きたてのパンのように熱く、そしてマシュマロのように柔らかだった。
明日彼女にあった時、今まで通りの自分のように接することが出来るだろうか。
そんな幸せな不安を抱いたまま、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
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