キジも鳴かずば
散策のメンバーに『遊び人』が加わった。
そのことで、先ほどまでのデート気分から打って変わり、まるで近所の駄菓子屋に浪費に向かう小学生のような軽薄で愉快な旅になっていた。
川から山へと移り変わった景色の中に再び清流が現れ、しばらくすると出発地点に程近い場所にあった駐車場が見えてくる。
色々な意味で胸が踊った約三十分の散策は、こうして終わりの時を迎えた。
「聖くん、イツキ。お散歩付き合ってくれてありがとね! 楽しかった!」
聖に礼は不要だと思ったが、舞が楽しかったのであれば何も言うまい。
未だ手に持ったままの枝をヒョコヒョコと振りながら、自分のロッジの方へと戻って行く舞の後ろ姿を見送ると、残された俺と聖も自分たちの巣へと戻ることにした。
「五月お前、相変わらずいいパンチ持ってるな!」
聖はそう言うと、先刻俺に殴られた肩をさすりながら白い歯を見せて笑った。
「なんだよその、昔はよく殴り合ったライバルみたいなセリフは」
当然そんな過去など一切存在しない。
「いや、それは冗談だけど。舞ちゃんと上手くやってるのな。かなり羨ましいわ」
「ああ、うん。いい子だよ彼女は。俺なんかには勿体ないくらいだ」
「本当にな」
肩を押さえてうずくまっている聖を放置しロッジに戻った俺は、すぐに娯楽室のソファーに深く腰掛けると目を閉じる。
今はとにかく夜の練習に向けて、少しでも体力を回復させる必要性を感じていた。
本当はベッドで足を伸ばして仮眠したいところだったが、寝室には夜まで入室が許可されていなかったので仕方がない。
ちなみにそこかしこに同様の民が横たわっている。
感覚的には、ほんの一瞬だけ意識が途切れたような気がしただけだった。
目を覚まして時計に目をやると、がっつり二時間も眠ってしまっていたようだ。
もう三十分もしたらレストハウスで夕食を取り、再びあの慣れないコートで三時間の練習をしてから風呂に入って就寝となる。
なかなかのハードスケジュールに思えるが、明日の日中は試合形式の練習なので、今日ほどに疲れるようなこともないだろう。
そして夕方からは、部員同士の親睦を深めるという名目の余興が執り行なわれる予定となっているので、合宿の正念場は今夜だと言える。
レストハウスで出された牛皿定食を食べてから練習場所へと向かう。
煌々と照明の焚かれたコートでは、既に何人かの部員がサービスの練習を行っていた。
俺も彼らの横に割って入ると、誰も居ないコートの反対側に向かってひたすらにサーブを打ち込む。
十分もそうしていると、奥のコートで女子部員の練習がようやく始まるところのようだった。
自然とそこに恋人の姿を求めて目を泳がせていると、コート脇のベンチに腰を下ろしシューズの紐を結んでいる彼女を発見する。
短いスコートの下から伸びる足は細く長く、俺よりも十センチ以上も身長が低いはずなのに、膝の位置は俺のそれとほとんど同じくらいに見える。
胸も――恐らくは――平均よりも大きく、前屈みになっていることでそれがより強調されていた。
直接触れたことがあるわけではないが、彼女と腕を組む時にいつも押し付けられるそれの柔らかさを、俺は……知っていた。
「ん? 五月なに見てるん?」
「すぁっ!」
突然話し掛けられたせいで素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……んだよ聖かよビビらすなよ」
「そんでなに見てたん?」
何をと言われても、『自分の彼女をみてほくそ笑んでいました』などと答えられるわけがない。
「あ、そういえば聖。明日の晩飯バーベキューらしいよ」
「え、マジで? 今年もやんの?」
さすが聖なだけあって、半分針の見えているような餌に容易に食い付いてくれた。
「みたいだよ。昼間に舞からそう聞いた」
「あ、舞ちゃんっていえばさ。やっぱり他の子のより大きいよな、おっぱ」
「セイッ!」
割と本気でお見舞いした腹パンをまともに受けた聖は、その場に崩れ落ちるとその動作を完全に停止し沈黙した。
夜の練習は午前中のそれに比べれば大分楽だった。
それは気温のせいもあるし、練習内容がサービスとリターンを主体とした動きの少ないメニューというお蔭もあったが、隣のコートから時折掛かる恋人の声援の影響が一番大きかった。
(俺、変わったよなぁ)
それは良い変化なのだとは思うが、そこには何だか自分が自分で無くなっていくような妙な不安もあった。
もし今後、なんらかの理由で彼女を失ってしまったら。
たとえば他に好きな人が出来たとかで振られてしまったとしたら。
俺は彼女抜きでその後の人生を生きていくことが出来るだろうか?
自分で考えた良からぬ想像に全身に鳥肌が立つと同時に、軽く血の気まで引いてしまう。
(とっとと風呂に入って今日は早めに寝よう……)
ロッジに引き上げると風呂の順番を菓子で買収し、手早くシャワーだけ浴びて他の連中が戻ってくる前に布団に潜り込んだ。
だが、それが逆によくなかったのかもしれない。
真っ暗な部屋で一人でいると、また余計なことを考えてしまう。
そうこうしているうちに、風呂から上がった同室の連中がワイワイと騒ぎながら戻ってきてしまったのだった。
結局は消灯時間を迎えるまで、彼らとくだらない話で大盛りあがりすることになったのだが、そのお陰で思考に回す体力まで使い果たすことが出来たのか、いざ就寝時間となった瞬間に眠りに落ちることが出来た。
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