おやすみ。サヤカ。
ごり
第1話
ゆらゆらとカーテンが揺れる。霧雲のかかった夕暮れ、暖かくも優しくもない教室。チャイムはもう眠る準備をしている。少女、二人はそれぞれに眩しく瞼を焼くスマートホンの光を見つめていた。私のスマホにはネット配信開始のスイッチが画面の端に赤く映し出され、いつでも始めることができることを表している。終わろうとしてるのに始めるなんておかしいな、と私は笑った。
ミキは何笑ってるの?なんか面白い動画でも見つけたの?と、にへらとした笑いともただの細目とも取れる表情で、光る画面を覗き込んでくる。私は別に、面白い動画があったわけじゃないけど、とまごまごする。私が言い訳をもっと積み上げる前に配信のボタンに気づいたミキは、よし!配信しようよ。といつもより高めなテンションに乗せて言った。
私もそのテンションに負けじと薬瓶に手をかけて一気に飲み干した。30粒の偽物の幸せが私の心を覆い隠して嫌な気持ちに鍵をかける。鬱陶しいモヤモヤを万引きした初めて飲むお酒で洗い流す。
薬をアルコールで流し込みフラフラしながらミキにもたれかかると、私はうとうと眠りそうになりながら、もうサヤカ初めてなんだからそんなに突っ走っちゃダメだよと、宇宙人みたいな声で言うミキに歪む視界でミキの顔を見ながら謝る。
溢れた涙と汗とよだれとで訳がわからなくなって私はミキにキスをして、寂しさを紛らわすためにキスをして細くてガリガリな体を抱きしめる。初めてのキスはアルコールと薬の嫌な味がした。でもしているそれはちっとも嫌じゃない。
だけど、それでもちっとも満たされない、私はパチパチ、ふわふわな脳みそで、震える指で何の気なしに配信のスイッチを押した。配信のついたのになんて気にしないで私たちはまたパキパキと市販の名前もあやふやな風邪薬をいくつも飲む。気づいていなかったのかミキがあれ?なんで配信つけたの?と139人の視聴者の前で言った。それに私はたどたどしく日常からの脱出だよ。異常な方が楽しいでしょ、とネットで知り合った友達が言っていたことをカッコつけて得意げに言った。
じゃあ、屋上行かない?とミキは言う。こんな他の人の意識が入ってくるところより星が見たいな、と続けて言う。
少し迷って間を開けて私は良いね。行こう。と言う。
鍵はどうするの?と聞かれ、あんたが行こうって言ったのになにも考えてないの、すんでのとこまで出かかった、この言葉は飲み込んで。鍵があったらぶっ壊そうと私は言った。ミキが笑ったので、私も笑った。外は黒い山のふちにほんのりぼんやりとした赤い光が灯って、もう消えそうだった。3階でも普通に高いな、なんて思って。屋上が楽しみになった。
ポケットの中のスマートホンの画面にはひたすらにスカートの暗闇が映されていた。
私はミキに手を引かれ廊下をふらふら歩いて階段をゆっくりと登った。階段では手を離し揺れるスカートを追いかける。刷り込みされた小鴨みたいに追いかけて重苦しい扉に挨拶をする。扉には立ち入り禁止の文字が並んで私たちを招待してくれている。文字も踊っている気がして楽しい。鍵をドアノブごと近くにあった椅子でぶっ壊して屋上に出る。帰巣本能でやっと帰って来れた渡り鳥みたいな気持ちだった。
ここが私たちの居場所のような気がする。涼しい風にさっきまでの嫌な酩酊感も消えて頭の中では幸せ、幸せと誰かが明るい声で言ってくれている。誰もいない、からからと回る室外機の音だけが二人きりの屋上に響いている。星は見えなかったけど月はよく見えた。扉の横に伸びるハシゴに登りたくなって登った。天国に行けそうなハシゴ、月明かりのせいもあって本当に行けてしまいそう。登りきった階段の踊り場くらいしかないスペースの方が私の居場所な気がした。足をぶらぶらと誰もいない黒くて海みたいな運動場に垂らす、サッカーゴールもネットが張られていない。私は下のそれぞれ、あれこれがすぐ近くにあるような錯覚に陥り今なら潜れるような気がした。
足音が下から聞こえ、開かれた扉から放射状の扇みたいな光が漏れる。舐めるようなイヤラシイ光。おーいと、さも善人ぶった嫌な声には息がノイズのように混じる。私は恐怖を隠そうと持っていたお酒で持っていた薬を全部喉に、体に、押し込んで現実に蓋をして逃げ出そうとした。男はどこにも行かないで私の所まで登り上がり、手を掴み、顔を目を触る。
おーい、大丈夫か?と訛った声が頭に響く。どうしたんだあ、こんな所で一人でと、男は言った。私は訳がわからなくなって、暴れる。男すっと見えなくなった。よかった。私はフラフラとミキを目を必死に動かして探し、安心する。やっぱり二人じゃない。あのおじさんは幻だったと安心して、ぷつりと糸が切れる音が花火見たいな音量で響いたのを聞いた後、眠った。
配信はスカートのポケットの暗闇を画面に映すばかりで、男が何か話す声と女の子の叫ぶ調子の声だけ拾った後、水の入った何かが破裂する音だけかろうじて拾い上げた後びっくりしたのか、スマホの電池が切れて止まった。
次に目を覚ました時、月明かりにゆらゆら揺れるカーテン、その隣に座る、優しい病室の隅々まで私は目に焼き付けて、退屈な親しみ深い床で自分の入れられた理由に気がついた。
潔癖で白くて豆腐みたいな病室に不相応な金髪のミキ、パンクなファッションも相まって私が無意識に召喚してしまった悪魔みたいだけど良かった、安心した。いないんじゃないかと不安でいっぱいになっていたところにお見舞いに来てくれて安心した。最近見たおばあちゃんがイマジナリーフレンドの映画のせいもあって感傷的になってた。
「ミキ。」
「なぁに?サヤカ。」
「ずっと友達でいてくれる?」
「もちろん!でももうあんな無茶なとびかたしちゃダメだよ。屋上で動けなくなってたじゃん。でも私だけ隠れちゃってごめんね。」
「いいよ、そんなこと気にしてない。お見舞い来てくれて嬉しい。」
「どういたしまして。おやすみ、サヤカ。」
この先も蛇足みたいに私の人生は続いていく。でもミキと一緒なら私はきっと大丈夫。大丈夫。うん全然大丈夫と、暗示をかけて私はミキを眠るまで見つめ続けた。
おやすみ。サヤカ。 ごり @konitiiha0
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