第53話:最後の『晩餐(主菜)』

『スパイさんの晩ごはん。』

第四章:戦争と晩餐。

第十一話:最後の『晩餐(主菜)』


あらすじ:マートンの本名発覚。

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私がバスケット王国の王都に来ることを老将軍が知っていたなら、彼が私の名前を知っていてもおかしくない。この国にも私の名前を知っている人間がいる。私の紹介状を書いたボケナース子爵だ。


だが、新たな疑問も生まれる。私の任務は老将軍の動向を探ることで、そのためにボケナース子爵は取引に応じたのだ。ボケナース子爵と老将軍に繋がりがあるのなら、彼から直接話を聞けたはずなのに。


それとも、他の人物が私の名を老将軍に教えたのか?私は口を噤むいまま沈黙を保った。


「そう、怖い顔をするな、カレーが不味くなる。」


カレーというと具材を複数の香辛料で煮込んだサラサラとしたスープを、一次発酵したパンに浸して食べる昔ながらの料理を想像するが、老将軍が匙を入れている『カレーライス』は少し違う食べ物らしい。


これも勇者アマネが広めた料理だ。


具材を複数の香辛料で煮込むところは同じだが、スープにトロミを付けてカツ丼と同じように米を炊いたものに掛けて食べる。米が手に入りにくい食材なので普通の家庭では食べられない贅沢な料理だ。


昔ながらのカレーは薬草のような香りがして苦手だったが、屋敷中に漂うにおいには興味をそそられる。老将軍が昔から知られたカレーよりも美味しいと老将軍は豪語するのだ。


「どうした?料理は出来立てがいちばん美味いんだぞ。」


しかし、今は老将軍の話が気になる。今は黙って老将軍の話が先に進むのを待つべきだと思ったのだが、そこで彼の後ろの柱の陰にたたずみ、じっとした瞳でこちらを伺う人影が見えた。


老メイドだ。


この屋敷の料理は彼女が仕切っている。つまりこの『カレーライス』という料理も彼女の作だろう。私は彼女の圧に負けて『カレーライス』に匙を入れた。


ほろほろと崩れた鶏肉とどろどろと根野菜が溶けだしている黒いスープ。とろとろのスープが艶々の米に絡まって、米のほのかな甘さがカレーの多様な香辛料を引き立てている。


美味い。


香辛料が効いていて辛いが塩を足す必要がない。箸休めに添えているのは酢漬けだろうか。辛くなった口をさっぱりとさせ、もう一口と食べたくなる。


だが、一番美味いと感じた瞬間は、私が二匙目を口に入れた時に老メイドがにやりと笑い満足そうに消えた時だ。冷めていく料理にやきもきしていたのかもしれないが、じっと見られていては料理の味なんてしなくなる。私は心を撫でおろししつつ老将軍に話を促した。


「オマエをこの街に来るように仕向けたのは、オレじゃなくウォルだ。」


「それは誰だ?」


老将軍が気軽に愛称を呼ぶとなると同位前後の貴族の名前だと思うのだが、そのウォルと言う愛称には聞き覚えが無い。私をここに呼んだ元凶のボケナース子爵のフルネームにもその文字は含まれていなかったし、彼の関係者の名前にもなかったはずだ。


「そうだな。オマエが解る名前で言うと、アレッタだ。」


「『ツーク・ツワンク』に居た?」


「他に誰がいる。」


私はびっくりして老将軍に確認をしてしまったが、確かにアレッタと言う名の老人が『ツーク・ツワンク』の客の中にいる。具体的に言うと私の相手としてターニップを推していた、ちょっととぼけた感じの老人だ。


「本名をウオールナッツ・バスケットと言う。」


私は目を見開いた。ウオールナッツ・バスケットと言えばバスケット王国の先代の王だ。引退したとはいえ未だに影響力が大きいことは想像に難くない。その人物が当たり前のように『ツーク・ツワンク』に居て、一般の市民に混じってゲームに興じていたのである。驚かないわけが無い。


「クックック。ちなみに、ボケナース子爵もウォルの仮の姿のひとつだ。」


王族ともなれば行動に制限がかかる。移動には護衛を付けなければならないし、身の回りの世話をする使用人や細々とした雑事の下働きも必要になる。大人数を動かすだけでも大変なのに、行き先の土地との繋がりを邪推される。


その負担を減らすために複数の称号を持つことがある。


王族として出かければ目立つので、別の身分を偽るのだ。そうすれば、自分の負担も減るし相手も仰々しい出迎えをしなくて済む。知っている者には通じないが、無明の者の勘繰りを避けることができる。


「そうだ。身の危険がある時に身分も偽りやすいからな。」


公爵閣下が紋章の入った指輪で身分を証明したように、貴族はみな身分を証明できるものを身に着けている。万が一の時に即座に対応できるように。王の身分証の指輪の他に子爵の指輪を作っておけば欺きやすい。それに、子爵として土地を持っていれば逃げ込めるし、領軍を有して身を守る事もできる。


道理でボケナース子爵という低い階級の紹介状に公爵閣下が信頼を置くわけだ。公爵は王族に連なる身分の多い。なので、王の隠れ蓑を知らないわけが無い。子爵の本当の身分を知っていたからこそ、閣下は私を簡単な引っ掛けだけで信用し、仕事を任せられたのだ。


「なぜ私を?」


「それが、ウォルが付けた条件だからだ。」


「つまり、今回の黒幕はアレッタ老なのか?」


「ああ。」


「なぜ?」


「子供のオイタを正すのは親の役目だろ。」


フォージ王国との戦争の前、バスケット王国とピートスワンプ王国との戦争の当時は『ツーク・ツワンク』のアレッタ老ことウオールナッツ・バスケット王が現役だった。


当初、バスケット王国は劣勢だった。ピートスワンプ王国は戦争を仕掛けてきただけあって勝算があったのだ。勇者アマネが伝えたという魔道具を使という勝算が。


厳しい戦いの中、ウオールナッツ王は当時の将軍、つまり、老将軍に魔道具の対策を考案させたが、彼の案には大量の鉄が必要だった。隣国のフォージ王国に助けを求めれば足りる。だが、頼りになる人間は戦場へ向かっていて難しい交渉に行ける者はいなかった。


ウオールナッツ王は賭けに出た。


戦争の時には旗頭となる王は動きにくい。下手をすれば外国に逃げたとさえ思われる。なので、子爵と言う身分で周囲を欺き国境を越え、フォージ王国へ向かい交渉をした。


非公式とはいえ王が直接行ったことで、バスケット王国はフォージ王国からの支援を勝ち取ることに成功し、戦争で勝利をもぎ取ることができた。まあ、フォージ王国側にもそれだけじゃない理由は在ったのだろうが。だが、その王の賭けが無ければバスケット王国が負けていた可能性は否定できない。


「あいつは戦う事を選び、オレの無茶な作戦を成功に導いた。」


「それほどの関係なのに、なぜバスケット王国とフォージ王国は戦争になったのだ?」


「それについては済まないと思う。」


ピートスワンプ王国との戦争が終わった後、ウオールナッツ王は引退した。


もともと、高齢なので戦争が無ければすでに引退していたはずだったのだが、継承のどさくさをついてピートスワンプ王国が戦争を仕掛けてきていたのだ。先王が戦争を理由に継承を先延ばしにしたのは、指揮系統が混乱し士気が下がるのを恐れるためだったのだ。


だから、息子ラタンへの王位の継はすんなりと進み、本人は荒んだ国の復興に尽力するつもりだった。うやむやになった継承に穴が開いたまま。


新王になったラタンは苦労ばかりだった。


戦争の後始末で財政も悪く、人材不足だった。賠償金は支払わせるつもりだったが、戦争に負けた国に金銭的余裕はない。そもそも、ピートスワンプ王国は勇者アマネから魔道具を高い金を出して買っていたのだ。


自国の復興もしなければならないが、ピートスワンプ王国にも支援を送らねばまた争いの種になってしまう。


そこで、新王は考えてしまった。


いや、ピートスワンプ王国に勝てたのなら、フォージ王国にも勝てるのでは?せめて、フォージ王国からの借りが消えれば無くなれば楽になる。


新王は先王の苦労を知らなかった。


いや、伝聞や書面上では知っていたかもしれないが、ただの書面の数字と実際の経験はまったく違った。戦争にも尽力し色々な業務に携わり忙しかった新王は軽く見ていたのだ。王がいかなくともフォージ王国からの力添えはもらえたと。


折しもフォージ王国はバスケット王国に大量の鉄を輸出した後だ。ダンジョンで活躍する冒険者たちも離れて義勇兵として滞在したままだ。バスケット王国も疲弊していたが、フォージ王国にも人も武器も無い。少量ではあるがピートスワンプ王国から鹵獲した勇者アマネの魔道具もあった。


新王は思った。


俺だって被害者だ。


攻め込まれたのは先王の時代で、自分は疲弊した国を押し付けれた身だ。自分だってもっと楽をしたいし、戦争を終わらせた名声は先王と老将軍のもので、箔の付いた名が欲しい。


勝利者の名を。


彼にとって都合の良いことに、フォージ王国へ出荷する作物の値段は右肩上がりに高騰したていた。戦争に協力してくれたフォージ王国へは約束通り関税を減らす指示をだしていたのに。


原因はフォージ王国への輸出する一部の貴族たちが欲を出し、商人たちと結託して収穫量の帳簿を誤魔化しわざと高騰させ自分の懐に入れていたからだった。彼らも戦争と復興でかなりの出費を強いられていたのだ。


新王はその貴族たちの暴挙に目を瞑った。


自分が手を下さずとも貴族たちの勝手を放置するだけで、フォージ王国は勝手に弱っていく。結果、食べ物の無くなったフォージ王国は戦争の火ぶたを切らざるおえなくなる。約束は先王が勝手にしたもので、責任は先王にある。


先王はのらくらと時間を稼いだ。


私たちの食べ物が尽きるまで。


「本当はオレ達が止めるべきだったのだが、あいつはウォルを追いやりオレをこの屋敷に押し込んだ。」


老将軍はカレーライスを飲み物のように掻き込んだ。


「まあ、オレの立場上、フォージに勝たせてやることはできなかったが悪いようにはしない。それはウォルも了解している。」


老将軍の目は真剣だった。



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次回:最後の『晩餐(甘味)』

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