第43話 決闘の儀(5)

 ◇◇◇


 ユートがジクルドと戦い始めた頃。ルリシアはデルカルトと対峙していた。


「こうやって剣を交えるのはいつ以来だ?」

「一年ぶりじゃない」

「その時は俺が勝った。そして今はあの時と違いお遊びではない」

「本気の勝負なら勝てるって言うの? それにこの一年、あなたは研鑽を積んでいたのかしら」

「そのようなものがなくとも、私にはゴールドランクのジョブ⋯⋯ジェネラルがある。そこいらの凡人とは違うのだ」

「だったら試してみる?」

「いいだろう。来るがよい」


 ルリシアは剣を片手に突撃する。

 そして鋭い突きをデルカルトに向かって放った。


「ほう⋯⋯まあまあの速さだな」

「まだよ!」


 次は連続して突きを放つ。

 目にも止まらぬ速さで剣がデルカルトを襲った。


 だが⋯⋯


「さっきより少しは早くなったな。これが研鑽したルリシア姫の力か。一年前と比べて大して変わってない。研鑽などと言って、あの子供と如何わしいことでもしていたのではないか」

「そ、そんなことしてないわ」


 ルリシアは一瞬どもってしまう。それはユートにキスしたり、お風呂に入った記憶が過ったからだ。


「ルリシア姫は私の妻になる女だ。目障りな奴は必要ない。私と婚姻を結んだらあの子供は即刻処刑するつもりだ。だがそれもこの決闘の儀を生き延びることが出来たらの話だが」

「ユートくんは負けないわ。私より強いもの」

「だがそのユートとやらは、ジクルドの剣によって後方に吹き飛ばされているぞ。あちらの勝負がつくのは時間の問題だ」

「そんなことない。ユートくんは絶対に勝つから。そして私もあなたに勝つわ」

「面白い。では次期皇帝の剣を食らうがいい!」


 デルカルトは上段からルリシアに向かって剣を振り下ろす。

 鋭い一撃が放たれるが、ルリシアは剣で受け止めた。


「なかなかやるじゃないか。以前は私の剣を真っ向から受けることは出来なかったはずだ。少しは筋力がついたか?」

「それはあなたが鍛練不足で、力が落ちただけでは?」

「なんだと」

「今のが本気ですか? 力を出し惜しみしていると後悔しますよ」

「その程度の力で意気がるな! なるべく傷つけず、穏便にしてやろうと思ったがやめだ。この衆人の前で服を切り裂き、二度とデカい口を叩けないよう調教してやる!」


 デカルトは怒りを露にしながらルリシアに接近する。

 自分が本気を出せばルリシアなど簡単に倒せる⋯⋯この時のデルカルトはそう信じて疑わなかった。


 だが。それは間違いだと気づく。


「見よ! これが私の全力だ!」


 デルカルトは先程と同じ様に上段から剣を振り下ろす。

 するとルリシアは剣を防ぐ素振りを見せたので、このまま力技で押しきってやる⋯⋯と考えていた。

 しかし⋯⋯


 ルリシアはデルカルトの剣を軽く受け止める。


「バカなあり得ん! 押しきる所かまったく動かないとは!」


 デルカルトは全力で力を入れるが、まるで大きな岩を相手にしているかのような感覚に陥ってた。


「これがあなたの全力? 大したことないわね」

「減らず口を⋯⋯おまえも何も出来ないだろうが!」

「そんなことないわ。それじゃあ本気でやらせてもらうわね」


 ルリシアが宣言すると、デルカルトの剣は一気に押され、体勢を崩す。

 そしてルリシアはその隙を見逃さない。

 バランスを崩したデルカルトに向かって蹴りを放つ。

 すると鋭く重い蹴りを受けたデルカルトは、十数メートル吹き飛び、無様に地面を転がった。


「こ、この力は私を有に越えて⋯⋯」


 デルカルトは胸を抑えながら、よろけながら立ち上がる。


「な、なんだその力は! 一年前にはそんな力はなかったはずだ」

「あなたはさっきからいつの話をしているの? それと私は一人じゃないの⋯⋯二人で戦っているのよ」

「二人? あのユートとかいう子供のことか! なら私にも駒が、ジクルドがいる」


 ルリシアはそういう意味で言った訳ではない。ルリシアはユートを信頼できるパートナーとして、デルカルトはジクルドをただの駒として思っている。これだけでもルリシア達が優位なのは間違いない。


「ジクルド! ジクルド! 私の元へ来い! 二人でルリシア姫を倒す!」


 デルカルトはその場でルリシアに視線を向けながら叫ぶ。

 だが返事は返ってこない。


「ジクルド! 早く来い! そんなガキにいつまでも手こずっているのだ!」


 そしてもう一度呼ぶがやはり返事はない。

 だがこの時、デルカルトの背後から気配がした。


「グズが! 遅いぞジクルド!」


 チラリと背後を振り向く。するとデルカルトは驚愕の表情を浮かべ、ルリシアは笑みを見せるのであった。


 ◇◇◇


「な、何故おまえが⋯⋯ジクルド! ジクルドはどうした!」

「ジクルド? あのおじさんならそっちで倒れているよ」

「バ、バカな! ジクルドがこんなガキにやられたというのか!」


 デルカルトは脇目も振らず走り出し、ジクルドの元へと向かう。


「あっ? 気をつけた方がいいですよ。触ったら⋯⋯死ぬよ」

「し、死ぬ⋯⋯」

「うん⋯⋯ポイズンスネークの毒を浴びてるからね」

「ポイズンスネークだと!?」

「あなた達が使った毒ですよ」


 ジクルドが毒を浴びたことを知って、デルカルトは慌ててこちらに戻ってくる。


「き、貴様! 毒を使うとは卑怯だぞ!」

「決闘の儀は何でもありだって言ったよね? それにフィリア様や皇帝陛下に毒を飲ませることは卑怯じゃないの? 刺客を使ってルリシアさんの命を奪おうとするのは卑怯じゃないの?」

「そ、そのようなこと⋯⋯私は知らない」


 卑怯、汚いなど暴言を言われれば傷つくが、元々卑怯な奴に何を言われても俺の心には届かない。


「デルカルト⋯⋯あなたはお父様とお母様の命を奪おうとした。絶対に許さないわ」

「何度も言うがそれは私ではない!」


 まだしらを切ろうとするのか。だがデルカルトに取っては白状して助かっても死罪は確実、白状しなくても俺達に始末される。どちらを取っても死ぬことに代わりはない。

 だけど仮にも皇族の一員だ。最後くらい潔く散ってほしいものだ。


「そうですか。それなら僕は構いません」


 俺は古文書から一枚のカードを取り出す。


「これはポイズンスネークの毒です。あなたに向けて投げれば、そこのおじさんと同じようになるよ」

「お、同じとはどういうことだ⋯⋯」

「筋力が低下して、身体がしびれて動かなくなり、呼吸が出来なくなって死んじゃうみたい」

「ひぃっ!」

「おじさん、とても苦しそうだったよ。あなたも同じ目にあってみる?」

「や、やめてくれ! 父上と共謀して皇帝陛下と皇后様に毒を飲ませるよう命令したのは私達だ! ルリシア姫に刺客を送ったことも認める! だから毒だけはやめてくれ!」


 デルカルトは子供のように泣きじゃくり、これまでの罪を認める。

 これじゃあもう皇族の威厳も欠片もないな。


「審判さん、私達の勝ちでいいですね?」

「は、はい⋯⋯この決闘の儀はルリシア姫様の勝利です」


 審判がルリシアさんの勝利を宣言し、決闘の儀は終わりを遂げるのであった。


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