第38話 背水の陣

 ん? デルカルトの横にもう一人いるぞ。

 長身で屈強な身体をした中年男性は、何か武道を嗜んでいることが一目でわかった。


 ルリシアさんは一度足を止めたが、再び歩み始めた。

 そしてデルカルトを無視し、通り過ぎる。


「従兄を無視するなんて、ひどいじゃないか?」

「従兄? 私は今でもあなたがサハディンと共謀して、お父様とお母様の命を奪おうとしていたと疑っていますから」

「濡れ衣を着せるなどひどい話だ。私は共謀していない証拠に、父上を斬ったのを見ていないのか?」

「それは口封じのためよね? 自分に疑いをかけられないための」


 まだデルカルトとは出会ったばかりだが、これまでの言動を見る限り、限りなく黒に近いと思う。何か確実な証拠でもあれば捕らえることが出来るのだろうか。


「仮に、飽くまで仮にの話だが。私が父上と共謀していたら、生きている皇帝陛下と皇后様を見て、憎悪の念を持っているだろうな。そして次こそは確実に二人を殺して、皇帝の椅子を手に入れようとするだろう。私が皇帝になるなら、父もあの世で喜んでいるはずだ」

「あなたという人は! やっぱりお父様とお母様に毒を!」

「おっと⋯⋯飽くまで仮にの話だと言っただろ。そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「あなたにそのようなことを言われても嬉しくありません」


 こいつ⋯⋯まだ皇帝になることを諦めていないのか! だけど普通に考えるとデルカルトが皇帝になることはほぼないだろう。皇帝、皇后殺しの父親を始末したとはいえ、多くの者はデルカルトに疑念を持っているはずだ。

 それこそ継承権を持っている者が全ていなくならない限り、皇帝になるのは不可能だ。

 だが今はデルカルトに対して監視の目が厳しいから、何か行動を起こすことはできないだろう。

 ここでルリシアさんを挑発して、何をしたいのかわからない。


「本当は私のことを処分したくて仕方がないのだろ? だが確実な証拠でもない限り、それは不可能だ」

「くっ!」

「だがそんなルリシア姫に良い話がある」

「どういうこと?」

「大義名分の元、私を始末することが出来るのだ」


 そんな方法があるのか? それはデルカルトが自白するか、それこそ確実な証拠がないと無理だろう。


「私と決闘の儀をやろうではないか」

「そ、それは⋯⋯」


 ルリシアさんが躊躇いを見せている。その決闘の儀でデルカルトを始末出来るなら、喜んで受けてもいいはずだ。もしかして何かデメリットの要素があるのか?


「決闘の儀って何なの?」


 俺はルリシアさんに問いかける。


「今はほとんど行われなくなったけど、決闘の儀は文字通り、貴族と貴族が決闘することを言うの。その際従者を一人つけることが出来て、主人が戦えなくなるか負けを認めると決着がつくの。そして勝った方は負けた方に一つだけ願い聞いてもらえるのよ」

「そしてこの決闘は何でもありで、生死は問わないというだ」


 なるほど。デルカルトは俺を始末したいなら、決闘の儀を受けるがいいと言いたいのか。そして⋯⋯


「デルカルト様は決闘の儀で勝って、ルリシアさんをお嫁さんにしたいんだね」

「えっ?」

「そうすれば自分が皇帝になれると思ってるんじゃないかな」


 というか、もうこれしかデルカルトが皇帝になる方法はないだろう。


「なかなか聡い子供じゃないか。それでどうする? 逃げてもいいんだぞ? まあその時は、皇帝陛下と皇后様の警護の人数をもっと増やした方がいいと忠告させてもらおうか。だがもしかしたら警護の中に刺客が紛れているかもしれないな。医者が刺客だったように」

「そんなことは絶対にさせないわ!」


 こいつはルリシアさんを脅しているのか? 醜い下卑た笑みを浮かべやがって。もし皇族じゃなかったら一発ぶん殴ってやる所だ。


「俺はここにいるジクルドを従者に選ぶつもりだ。ルリシア姫は愛玩物として置いているその子供を従者にするのか?」

「ユートくんは可愛いけど立派な護衛よ!」

「それならその子供を従者として決闘に臨むがいい」


 ルリシアさんはチラチラとこちらを見ている。

 皇帝陛下や皇后様のためにも決闘の儀を受けたいが、俺に迷惑をかけたくないといった所か。


「僕は大丈夫だよ」

「こいつはいいと言ってるぞ」

「ユートくん本当にいいの? こう見えてデルカルトは強いわ。それにジクルドはこの国の騎士団長をしているのよ」

「怒ってるのはルリシアさんだけじゃないよ⋯⋯僕もだ。それと一つだけ確認なんだけど、決闘の儀が始まれば何でもありでいいんだよね?」

「その通りだ。こいつはやる気だぞ。どうする? ルリシア姫」


 ルリシアさんは一度深呼吸し、俯く。そして顔を上げた時には決意を秘めた目をしていた。


「わかったわ。決闘の儀をやりましょう」

「それでいい。怖じ気づいて、約束を違えることをするなよ」

「それはあなたのことを言っているのかしら」

「私に一度も勝ったことがないくせに、大きな口を叩くではないか」

「以前の私と同じだと思わないでね。それに私は一人じゃないから」


 ルリシアさんはこちらに視線を向けてきたので、俺は頷いて返す。


「それでは決闘の儀は二時間後に訓練所で行う。時間を過ぎたら逃げたとみなし、私の勝利とするからな」

「安心して。逃げないから」


 そして俺達はデルカルトを背に、この場から離れる。

 こうして俺とルリシアさんは皇帝陛下、皇后様の殺害を企てたデルカルトを成敗するために、決闘の儀を受けることとなった。

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