第28話 惨劇
グラスの中の水は⋯⋯ポイズンスネークの毒が入った水だった。確か昔、トアの病が何なのか調べている時に本で見たことがある。
ポイズンスネークの毒は神経毒で、少量でも摂取した場合は筋力の麻痺、しびれ、呼吸困難の症状が遅効性で現れ、やがて死に至ると書いてあった。
やはり俺の仮説通り、皇后様は毒を盛られていたのか。
早くこのことをルリシアさんに伝えたほうがいいな。
いや、ちょっと待て。もしこのままグラスに毒があると伝えたとしよう。それで医者が黒幕を吐かなかったら、処分されるのは医者だけになる。
医者に手を汚させて自分は高みの見物⋯⋯そんなことは絶対に許されない。
のうのうと後ろに隠れているお前らを、俺が引きずり出してやるよ。
「ねえねえ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
俺は医者に問いかける。
「この薬って元気な人が飲んでも、具合が悪くなったりしないの?」
「あ、ああ⋯⋯大丈夫だよ。それがどうしたのかな?」
よし! 言質は取った。後はこれを⋯⋯
「ねえおじさん。これを飲んでみてよ」
俺は毒が入ったグラスをサハディンの前に差し出す。
「な、何故私がこれを飲まなければならない」
サハディンは目を逸らし、額に汗を浮かべる。
明らかに挙動不審になっているな。
やはりこいつは、このグラスの中身が何かわかっている。
「別に健康な私が飲んでも意味がないだろう」
「元気な人が飲んでも大丈夫って、あのお医者さんが言ってたよ。逆に何で飲めないの? まさかこのグラスの中に毒が入ってるから?」
「毒ですって!」
ルリシアさんは涙の後を残しながら、サハディンを睨み付ける。
「ど、毒だと? バカなことを言うな。子供が戯れ言を口にしているだけだ」
「サハディン⋯⋯何故そんなに恐れているのですか? この薬はお医者さんが飲んでも大丈夫と言ってますよ。そうですよね?」
「あ⋯⋯ああ⋯⋯」
医者はルリシアさんの問いかけにガタガタと震え、答えることが出来ないでいる。
もうこの反応で、誰が見てもグラスに毒が入っているのは明白だ。
「あなたがこのグラスの薬を飲めない理由⋯⋯それは最初から毒が入っていることを知っているからです!」
「ち、違う! 私は何も知らない! 皇后様に毒を飲ませる訳がない!」
「ではその薬を飲んで下さい。飲むことが出来ないなら反逆罪で捕らえさせてもらいます」
「う⋯⋯うぅ⋯⋯何故こんなことに⋯⋯この子供のせいで⋯⋯」
この反応を見て、サハディンが毒について知っているのは確実だ。これはもう言い逃れは出来ないだろう。
「兵達よ! この医者と反逆者サハディンを捕らえよ!」
「「はっ!」」
ボルゲーノさんが声をあげると、兵隊は迅速にサハディンを取り囲む。
医者とサハディンは諦めたのか、その場に崩れ落ちた。これで後はデルカルトだけだが、奴が毒のことを認めるかどうかわからない。
いや、この件に関わっていたとしても絶対に認めないだろうな。
だけどサハディンが反逆罪で捕まったことで、デルカルトを皇帝に押す声は減るはずだ。
少しだけ釈然としない結果だけど、最低限のことはできたと思う。後は皇后様を⋯⋯
俺はサハディンが捕まり、安堵のため息を吐いていると、突然背後から殺気を感じた。
瞬時に振り向くと、そこには剣を持ったデルカルトがいた。
殺気の正体はデルカルトか!
俺は無意識に剣を抜き、ルリシアさんを守ろるため動く。
しかしいつもならここで
まさか狙いは俺達じゃないのか!
「ぎゃあぁぁぁっ!」
デルカルトは右手に持った剣を振り下ろすと、血しぶきが辺りに飛び散り、サハディンの断末魔が響き渡る。
何だと! まさかデルカルトが父親を手にかけるとは思わなかった。
「国家に仇なす反逆者め! 例え父親でも私の正義が許さない!」
もしかしてデルカルトはサハディンの悪行を知らなかったのか?
実は良い奴だったというオチなら大歓迎だが、そんなことはないと俺の勘が告げている。
おそらくこのままでは自分の立場が危ういと考え、罪を全て父親に押し付けたのだ。
そして綺麗事を述べているデルカルトは、次に医者へと剣を向ける。
医者を始末して口封じをするつもりだろう。
だがさせない!
俺はデルカルトの攻撃を剣で受け止めると、部屋中に甲高い音が鳴り響く。
「邪魔をするな!」
「この人にはまだ聞きたいことがあります。それに皇后様や皇女様がいる前で剣を振るのはどうかと思いますけど」
ボルゲーノさんや兵達も、医者を守るように立つ。
「ちっ! そいつは皇女様を殺そうとした犯罪者だ。すぐに始末した方がいいと思うがな」
「それは話を聞いた後でもいいんじゃない? けど今は皇后様を毒から治療する方法を聞かないと」
皇后様の顔は真っ青で、もう猶予はそれほど残されていない。今は毒殺の件を聞くより、治す方法を聞く方が先だ。
「お母様はどうすれば治るの!? 早く言いなさい!」
ルリシアさんは医者に剣を向ける。もし素直に白状しなければ命はないと脅しているように見えた。
「ポ、ポイズンスネークの毒を治療する方法は⋯⋯」
皆が医者の言葉に耳を傾ける。
だが放れた言葉は、ルリシアさんが望むものではなかった。
「ありません⋯⋯」
「嘘よ! あなた医者でしょ! 本当のことを言いなさい!」
ルリシアさんは医者を激しく問い詰める。
しかし医者は俯くだけで、何も言葉を発しない。
「ルリシア姫、残念ですね。まさか皇后様が亡くなってしまうとは。私も悲しくて涙が出そうです」
そう言ってるわりには、デルカルトは嬉しそうに見える。
父親を殺めた後に到底見えないな。こいつは自分のために他人を蹴落とすことを躊躇わない奴なのか。
「デルカルトあなた!」
「私に構ってていいのか? 母親の命の火が間もなく消えてしまうぞ」
「くっ!」
ルリシアさんも言いたいことはたくさんあるだろうけど、今はデルカルトに構っている暇はないと思ったのか、皇后様に寄り添う。
「誰か他のお医者さんを呼んできて!」
「わ、わかりました」
兵士の一人が、慌てた様子で部屋を出ていく。
その様子を見てデルカルトがまたしても暴言を吐く。
「そこの医者が治療方法はないと言っていた。もう皇后様は助からんよ」
「そんなことはないよ。諦めたらそこで終わりだよ」
俺は皇后様に寄り添い、手を握る。
何一つお前達の思い通りにさせてたまるか。
「バカめが。手を握ることで皇后様が治るというのか」
「治るよ。何も出来ないならそこで黙って見てて」
「ユートくん⋯⋯」
俺はまだ話したこともないけど、ルリシアさんみたいに優しい人のお母さんを死なせる訳にはいかない。
正直な話、これからやることは成功するかわからない。けどデルカルトの暴言を聞いてもう黙っていられなかった。
俺は皇后様の毒を治すため、ある言葉を口にするのであった。
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