区切り

萩谷章

区切り

 地球上では、度を過ぎた人間の横暴が続いていた。それは地球に住む他の生き物たちの生活を脅かし、愚かなことに人間同士でも、互いが互いの生活を脅かす状況であった。「科学技術の発展」の名のもとに進行した自然環境の破壊にはじまり、ネットの普及によって必要以上の監視が行われる社会、どこを目指しているのかやたらに延びていく人間の平均寿命……。あるときついに人間は、大きな代償を払わんとする時機に到達した。


 具体的には言い表せないある場所に、地球の神がいた。怒り心頭といった表情で、絶え間なくぶつぶつとつぶやいている。

「これじゃあ度が過ぎる。生活を豊かにしたかったんだろうけど、どうして自分たちが圧倒的優位だと思っちゃうかね……」

 言い終えると、神の険しい表情がやや和らぎ、自責するような調子で再びつぶやき始めた。

「私が人間に色々なものを与えすぎたか。そうなれば、もともとの原因は私にあるな……。特に『思考力』はあれほど高次なものにしなくてもよかったかな」

 それまでの怒りの表情は完全に消え、神は溜め息をひとつついた。

「ようし、一旦滅ぼそう。作り直しだ」

 神が手をたたくと、人間は地球上から一切いなくなった。それまで人間がいた痕跡は完全に消え、地球にはもとから人間などいなかったことになった。

 神は、人間に替わる新たな生き物の創造に取りかかった。

「性別もややこしさの一因だったし、いっそなくすべきか。あとは、やはり『思考力』は少し控えめにしておこう。それから、性格に幅を持たせるのはやめよう。画一性が強い方がいいだろう」

 神は新たな生き物を生み出し、地球上で繁殖させた。人間と違い、博愛性の強いその生き物は、互いに争うことなく、複雑すぎる社会秩序を作り上げることもなく、実に穏やかに暮らした。神は安心し、長い眠りについた。


 長い年月が経ち、地球の神が目覚めた。起き上がり、以前創造した人間に替わる新たな生き物の様子を見た。作って間もない頃と変化なく、穏やかに暮らしていた。それを見て神が安心していると、遠くから声が聞こえた。声のした方を向いたが誰もおらず、不審に思いつつ神は地球観察を再開した。すると再び声が聞こえた。今度は神のすぐそばで、はっきりと「来たぞ」と聞き取ることができた。声のした方を向くと、そこにいたのは火星の神であった。地球の神の半分ほどの身長である。

「おい、声かけたのに。気づけよ」

「遠いんだよ。あれじゃ何を言ったのか分からん」

「うはは、すまんね。それで、どうだい。新しい生き物、作ったんだろう」

「実に素晴らしい。穏やかだ」

「これで創造も五回目か。四回目が一番ひどかったんじゃないのか」

「返す言葉もない。ありゃ完全な失敗作だ。しかし、五回目にして最高傑作が出来上がった」

 地球の神は高らかに笑った。火星の神は、それをどこかあきれたような表情で見ていた。

「ところで、君のところは何もしないのかい」

「創造なんて、エネルギーばっかり使ってだめだね。疲れるだけさ。おたくと同じように大気と表面のでこぼこを作って終わりにしたよ。もっとも、おたくの生き物はこっちじゃ生きられないようだけどね」

「前回の『人間』ってのは君のところへ行こうと頑張ったみたいだよ」

「嘘だろ。そりゃ迷惑な話だ。滅ぼして正解だよ。何てものを作ってくれたんだ地球の神様よお」

「今回こそは大丈夫さ」

「全く、凝り性だね。納得のいくものができてよかったじゃないの」

 二人の神が談笑していると、地球上のある場所で、新たな生き物の一人が足を滑らせて転び、その体で小さな動物を下敷きにしてしまった。小さな生き物は命を落とし、そのことを知った新たな生き物たちは、転んだ一人をコミュニティから迫害した。追い出された新たな生き物の一人は、別のコミュニティに逃げ込み、そこの生き物たちに、自らが転んだことに始まる一連の悲劇を明かした。その話を聞かされた者たちは、「迫害」を行ったコミュニティと接することを自分たちの間で禁じた。

 地球上に、火種が一つ生まれた。

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区切り 萩谷章 @hagiyaakira

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