推しは貴方じゃないんです、ごめんなさい
いづか あい
第1話 私は従者ですが、主はちょっと阿呆です
私の名前は、ルフェス・リーフ。
とある王国の高名な王子殿下の侍従をしてかれこれ幾年月。最近白髪が増えてきたのはたぶん気のせいだと思う。‥まだ18なんですけどね。
さて、突然ですが聞いてほしい。これは決して、親愛なる我が主君を馬鹿にするとか、そういうものでは決してない。いや、神に誓ってない。しかしこれだけは言わせてほしい。
我が主君、デイル・フェグストンは阿呆だ。
いや、アホというのは語弊がある。文武両断で、執務もきっちりとこなすし、人望もある。
外見だって、他国からわざわざ有名な画家がきて肖像画を描かせてほしいと言わしめるくらいの端麗さである。
ハルメニー王国第一王子であらせられるという身分上、当然かもしれないが、基本的にできないことはないし、取り立てておよそ欠点というものはないだろう。
それがなぜ、阿呆なのかというと。
「ルフェス。君の案を聞かせてほしい」
「…何でございましょうか」
来た来た。24時間という長い一日の中でも、この滑りから入る殿下の話題というのは、決まっている。
「今日はまだレイリアに出会えていない…!大至急自然に、かつ運命的な出会いのシチュエーションを議論しなければならない!!!」
「‥…殿下、まだ朝の刻です。殿下が起床してまだ1時間と23分ほどしかたっておりません…」
朝くらいのんびりと優雅に過ごせばいいのに。
正直に言うと、従者の身としては、できるだけ主君の要望に応えたいところではあるのだが‥、毎朝毎朝よくもまあ、飽きないものだ。
「馬鹿者!昨日彼女と会ってからもう既に20時間も立っているじゃないか?!ああ‥夜という時間がこんなにも憎らしいとは‥!!」
「…いや、誰だって夜は休みたいでしょう。グリム令嬢だって眠ってます。…他の時間を有効に活用する方法をお考え下さい」
そう、神様が一日という時間は24時間と定めてらっしゃる。夜は寝ろ、とおっしゃっているんだから、黙って言うことを聞けばいいのに。
このやりとりは朝のお決まりだ。夜という時間~のくだりは日によって違う。隣で聴いているメイドたちは、今日は何を言うか密に楽しみにしているらしい。
それで今日の運勢を占うとかどうとか。
まあとにかく、私が彼を『阿呆』と言わしめるのはこれである。
デイル殿下は、今から1年前の春、一人の令嬢に恋をした。
彼女の名前は『レイリア・グリム』、このハルメニー王国の中では…まあいうほど身分が高いわけでもなく、家柄もほどほど‥むしろ没落の部類。
そんな令嬢に一目ぼれしてからというもの、デイル殿下はすっかり骨抜きにされてしまった。
毎日毎日愛をしたためた手紙を送り、それと一緒に花束やらアクセサリを貢いでは、返事を心待ちにしていた。
とはいえ、身分の差というものは残酷で、あちらの令嬢はそれを察しているらしく、やんわりと殿下にお断りの返事を送ったのだが…。
その文面を見て、王子はこういった。
「なんてつつましい女性だろう!!愛も求めず、贈り物をすべて返してくるなんて‥!!遠慮することないのに!!!」
…いや、それ嫌われてるってことだから。
誰が見てわかることなのだが、まさか王国の王子殿下とあろう方に面と向かってそんなことを言える輩がいるはずもなく。
結果、デイル様は恐ろしく強靱なメンタルと、鋼鉄のハートと‥驚異的なポジティブさを遺憾なく発揮し、彼女の返事をことごとく、スルーし‥現在に至る。
「そうだ、今日は彼女に今のこの想いをしたためた手紙を送ろう。どういう文が最近の流行りなのだ?」
「流行りと言われましても‥わ、わかりました。調べておきます」
調べておきます、なんて軽々しく言っちゃったけど、どうしよう。
流行なんてものは、一昼夜程度で新しく生まれ変わるわけもないのだ。ううむ、おととい聞いた流行を取り入れてアレンジしたものでも進言しておこうか。
こうして…今日も取り立てて変化のない、それこそ進歩のない朝の時間を過ごし‥そのまま本日送るプレゼントを検分して、グリム令嬢にお届けする。
そんな一日のはずなのだが、今日はどこか違った。
「ああっ!大変です!!グリム家に通じる山道に馬車が倒れて前に進みません!」
「大変だ!!お抱えの馬車の運転士が突然腹痛に!!」
「うぉおおー-!!ぬかるみで車輪が!!」
よくわからないが、偶然か必然か‥普段は起こりえない事象に見舞われ、いつもなら二時間の道のりを、今日に限って片道5時間もかかってようやくグリム家の敷地内に入った。
いや、もう神様があきらめよ、とおっしゃってるんですよ、殿下。
日も完全に暮れ、王家の刻印が刻まれた馬車は、突如現れた大きな水たまりのぬかるみにはまり、無情にも立ち往生したまま時間が過ぎていく。涙目の部下を見かねて、私はある提案をした。
「ど、どうしましょう、従者殿…」
「ああ、もういい。…持てる贈り物だけを持って私が一人で行くことにするよ…」
こうして、デイル殿下の名代として私自ら馬を駆り、グリム家へと出立することとなったのだ。
**
「こ、ここであっているのだろうか」
敷地内を馬で駆けていくわけだが、その広大さに驚きを隠せない。
広大さというか、あまりにも自然に囲まれすぎていて、どこまでが境界なのかわからないほど。
背の高い木々に勢いよく天高く上る草花。
馬車一台が通れるほどのわだちの道を抜け、たどり着いた先にあるのは。
それはそれは小さな、斜めにかたむ…いや、独特の情景を作りだした木造の馬小屋‥違う、これは家か?だった‥。
王宮というあまりにも高級でかつ雄大でいて、荘厳な建物を見慣れているせいか、このこじんまりとした空間はなんとも落ち着かない。
意を決して、木造の扉をたたいてみた。
ごんごん。
思った以上に重厚な音を奏で、それから約数分ののち。
ぱたぱたと軽やかな足音が玄関口に向かってやってくる。やがて、ぎぎぃ、ときしむような音を立てて開いたドアから一人の令嬢が顔を出した。
「はい、どちらさ‥」
「あ、突然申し訳ござ‥」
「ぎゃあぁああああああ!!!!!」
まるで断末魔の叫びのようだ。
…え?
一瞬何が起こったかわからず、彼女ではなく私が目を瞬いた。
「る、るるう!ルフェス様ッっ!!!」
「え あ」
ばたぁん!!
‥…
え。扉が閉まった。
今、確かに顔を出したのはレイリア・グリムだ…と思う。
いや、あの桜色のブロンドに赤い瞳の特徴的な姿は間違いない。
「グ、グリム嬢?もしもし!もしもー-し!!」
「はい!!お呼びでしょうか!!」
「?!」
ガコン!
しまったと思ったら急にドアが開いた。それだけで、私の頭はしたたか打たれてしまった。
「きゃああ!嘘…っ夢じゃないよね?!」
多分、色々あったし、色々ストレスもあったからだろうか。
ものの数秒で私の意識は夢の中へと…
「こんなにうまくいくなんて…!ああ、ごめんなさい。私、最推しは王子じゃなくて従者さま、あなたなの!」
え、今なんて言った?
薄れゆく意識のはずが、とんでもないセリフを聞いたせいか一度覚醒しかけたが…やっぱり、落ちたのだった。
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