二五章 美咲にもう遅い。ほだかにプロポーズ
「
その姿を一目見るなり、
自分の家の居間。そこに、テーブルをはさんんで
困惑気味、と言うか、どういう態度をとっていいのかわからないと言った様子の
「
怒りの前兆の表情だ。一年前までなら
その態度のちがいに苛立ったのだろう。
「ずいぶんと他人行儀な呼び方じゃない。どうしたの?」
「えっ? いや、だって、他人だし……」
「そ、それじゃあ、おれたちはこれで……」
「そ、そうね。あとはお若い方たちにお任せして……」
『ホホホ』と、口元を手で隠して作り笑いしながら、まるで見合いの仲人のようなことを言ってそそくさと去っていく。すれ違い様『はあ~、やれやれ……』という
「いったい、どうしたんだ?」
「あ、そう言えば……」
心配する顔付きになった。
「神崎物産が大変なことになったらしいな。ニュースで見たよ。脱税やら遺法取り引きやらでガタガタになって、創業者一族が責任をとらされて追放されたって。
言いながら、
まるで、災害に遭った地域のニュースを聞いて、現地の人々を心配するようなそんな気持ち。同情はする。心を痛めもする。募金ぐらいには参加することもある。
しかし、それだけ。我が事として心配することはない。気に懸けることはない。あくまでも、見ず知らずの他人に対する心配。
それとまったく同じ思いをいま、目の前にいる
――本当に他人になったんだなあ。
大学に入ってすぐに一目惚れした。
それから二年間、悩みになやんでようやく、玉砕覚悟で告白した。まさかのOKをもらって天にも昇る心地になった。
以来、八年間、とにかく尽くすだけ尽くしてきた。
――いや。そもそも、存在自体、すっかり忘れていたよな。
たった一年でなんというかわりよう。
――やっぱり、
つくづくとそう思う。
――ただ、
つくづくと罪悪感が沸き起こる。
――せめて、今後は幸せになってほしい。
自分とはちがう場所で。
「アレとは別れたわ」
仮にも婚約者だったはずの相手を『アレ』と斬り捨てるあたりが
「別れた? どうして?」
目を丸くする
「御曹司なんてやっぱり駄目よ。他人にへいこらされて当然と思ってるんだから」
「それこそ、あなたにピッタリじゃないですか」
ほだかが無邪気を装った口調でツッコんだ。
ほだかはそんな目付きをしかし、どこ吹く風と受け流す。
「ほだか」
「はあい」
と、ほだかはイタズラを注意された子どものように答えた。
「とにかく。そう言うわけでアレとはもう別れたのよ」
その一言ですべてを説明した気になっているらしい。
「だから、
「はっ?」
「結婚? なにを言ってるんだ、いったい?」
「それこそ、どういう意味? あなたはわたしが好きなんでしょう。だから、結婚してあげるって言ってるんじゃない。喜びなさいよ」
「いやいや、まってくれ。おれたちはもう他人だぞ。なんでいきなり『結婚』なんて話が出てくるんだ?」
「わからない人ね。あなたは、わたしが好き。だから、結婚してあげる。そう言ってるのよ」
「いや、あいにく、最初から好きじゃなかったから」
「なんですって⁉」
「いや。本当に悪かった。おれも君のことを好きなんだと、愛しているんだと思っていた。でも、ちがった。おれはただ、自分のなかの田舎農家というコンプレックスを解消するために君を飾りにしていたんだ」
「飾りですって⁉」
「ああ。その通りだ。認める。申し訳ない。本当に悪かった。おれはただ、君のもつ都会的な雰囲気に憧れていたんだ。君がそばにいてくれれば、おれも都会の人間になれる。そんなふうに思っていただけなんだ。そんなおれに八年も付き合わせてしまって本当に申し訳なかったと思ってる。この通り。謝る」
「でも、君はそれだけの美人なんだ。
嫌味でも、皮肉でもなく、本心から
本心からそう言いきれるぐらい、
「ちょ、ちょっとまちなさいよ! なんで、あんたが、わたしに向かってそんな偉そうなこと言うのよ! 以前のあんたは……」
「『もう遅い』ってやつですよ」
ほだかが勝者の笑みを浮かべながら言った。
「せっかく見つけた御曹司がただの人になったからって、捨てた玩具が富と名声を手に入れたからって、取り戻そうとしても無理なんです。そんな都合のいいこと出来るわけがないじゃないですか。自分のバカさを認めてさっさと引きさがるんですね」
「な、なによ、この小娘。偉そうなことを……」
「
本気の怒りの形相だった。
「ほだかは、かの
「な、なによ……。まさか、あんた、わたしを差し置いて、こんな小娘とどうにかなろうって言うんじゃないでしょうね?」
「確かに、あたしはおふたりより年下ですけどね」
ほだかは『ふふん』と
「
「い、色ボケ……!」
いままで――まわり中から思われてはいても――面と向かって言われたこなどないことを言われて、
「ちょっと、
「呼び捨てにするのは、やめてもらおう」
「おれたちはもうお互い、相手を呼び捨てにするような関係じゃない」
「
「
――住む世界がちがうんだ。
「そして、なによりも……」
ほだかはいつもの笑顔で
「おれが一緒に人生を過ごしたいと思う相手はここにいる」
真摯な瞳と表情でほだかを見た。
「
「はい」
と、ほだかも立ちあがった。
優しい微笑みを浮かべ、
ふたりの人生最大のイベントが行われようとしていた。
「
ほだかはその右手を受けとるような真似はしなかった。そのかわり、
「はい。よろしくお願いします。
そう言って――。
居間の
屈辱に震える
そこで、一組のカップルが誕生していた。
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