二三章 その価値、一二億五千万!
「一億円」
「一億二千万」
「一億五千万」
「二億」
「二億一千万」
PCのモニターのなかに次々と途方もない数字が表示されていく。
ほだかは競馬狂いの親父のように興奮顔で両手を握りしめ、全身をワナワナさせながらモニターに見入っている。
そんな一同の前で数字はどんどん跳ねあがっていく。
「八億五千万」
「八億八千万」
「九億」
「九億一千万」
「九億三千万」
「九億七千万」
「一〇億!」
「……一〇億。う~ん」
「きゃあ、あなた!」
まさかの大台突破にまずは
しかし、当主である父親が先に逃げ出してしまった以上、跡継ぎである自分が結末を見届けなくてはならない。その決意のもと、どうにかこうにか意識を保ちモニターを見守りつづける。
その
「一〇億一千万」
「一〇億五千万」
「一一億」
「一一億一千万」
「一一億二千万」
そして、ついに――。
「一二億五千万!」
その数字が表示された。
それ以降、数字がかわることはなかった。ここに、ほだかの制作したライフ・ウォッチング・オーバーアートは一二億五千万という価格で落札されたのだった。
「やったあっ!」
ほだかが叫んだ。
「お、おい……」
「やりました、師匠!」
ほだかは泣き笑いの表情で
「ライフ・ウォッチング・オーバーアート、成功しました! あたしを信じてくれた師匠にお父さん、お母さんに報いることが出来ました。よかった、よかったです……」
ほだかはそう言いながら泣きじゃくる。いつもの天真爛漫で、生まれてこの方、笑顔しか浮かべたことのないようなほだかからは考えられない表情だった。
「自信……あったんじゃないのか?」
「自信はありましたよ。隕石が落ちてきても揺らがないぐらい。でも、自信と結果は全然、別物じゃないですか。これでも『失敗したらどうしよう、売れなかったらどう償おう』って毎晩、悩んでたんですよ。最近はちっとも眠れなかったんですから」
「そ、そうなのか……?」
そんなそぶりは全然なかった。というより、気付かなかった。
――ほだかがそんなに思い詰めていたのに気付いてやれなかったなんて。
ほだかはそんな
「あ、あの……!」
「はい?」
「い、いや……なんでもない」
そう言って、視線をそらす
――このヘタレが。
と、その場にいた全員が思ったのは言うまでもない。
「
と、すでにお互い、敬称をつける必要もない『仲間』となっている
「現場の
「うん、うん。ちゃんと見ていたよ。本当に夢のようだ。親父なんて幸せすぎでぶっ倒れてるよ。ありがとう。心から礼を言うよ」
「……みんなにもお礼を言うよ。本当にありがとう」
頭をさげた。すると――。
「……なにが『ありがとう』だ。あんたのためにやったとでも思っているのか。ふざけるな。すべては、自分のためだ」
「そうです! あたしたちは全部、自分のためにやったんです! 師匠がお礼を言うことじゃありません!」
「まあ、少々、失礼な言い方だが、その通りだな。おれも、ほだかも、
「うっ……。そ、それはそうなのかも知れないが……でも、なにか礼をしないとおれの気がすまない」
「なら、こういうのはどうかな?」
「これからみんなそろって、お前の奢りでうちの店でパアッとやるっていうのは? とっておきの食材を提供させてもらうよ」
もちろん、その分、値は張るけどね。
と、片目を閉じてイタズラっぽく笑う
「うん! それはいい。いまから行こう!」
「はい! 今日はとことん騒ぎましょう!」
「ふっ。生命を御する地獄の炎にさらされながら貪食の罪をむさぼるか。サバトと呼ぶにふさわしい光景だな」
「よし。そうと決まればすぐに行こう!」
「ちょ、ちょっとまって! その前にお父さん、なんとかしてえっ!」
泡を吹いたままの
その夜。
「わっはっはっはっ! 酒はうまいし、料理は極上! おまけに気分は最高と来たもたんだ! これぞ極楽!」
浴びるように酒を飲んで上機嫌の
「いやあ、ほんと、あんたのおかげだよ。さすが、販売のプロ。見事な腕だったな」
「とんでもない。どんな売り方も結局、素材の良さがあればこそですよ。つまり、
「わっはっはっはっ! ますます嬉しいこと言ってくれるねえ。さあさあ、飲めのめ、食えくえ。全部、うちの息子の奢りだあっ!」
わあっ、と、店のなかを歓声が包み込む。
そんななか、
「お、おい、親父。嬉しいのはわかるけど少しは控えろよ。息子として恥ずかしいぞ」
「なあに、カッコつけてんだい、この子は!」
と、こちらもすっかり出来上がっている
「こんなときに騒がなくって、いつ騒ぐんだい」
「おう、その通りだ。さすが、おれの女房。惚れ直したぜ」
「あたしもだよ!」
と、ふたりは酔った勢いなのかなんなのか、まるでアメリカ映画のワンシーンででもあるかのように抱きあい、熱烈なキスを交した。
息子としてはある意味この世で一番、見たくないものを見せられて、
「……あのふたりがここまで酒癖、悪いとは知らなかった」
「あはは。いいじゃないですか。それより、師匠。師匠の生活もこれからかわりますよ。ド~ンと豪邸おっ建てて、最高級スポーツカー乗りまわして……神崎物産の御曹司に目にもの見せてやりましょう!」
ほだかの言葉に――。
「いや。それはダメだ。そんなことはしない」
「なんでですかっ⁉ せっかく、大金が入ったのに使わないなんてもったいないじゃないですか。それに、オーバーアートを広めるためにはちゃんと暮らしのかわったことを見せないと……」
いかにも不満げに頬をふくらませてそう訴えるほだかに対し、
「その点は海外における農業支援ではっきり結果が出ているんだ。ある農家が支援を受けることで新技術を導入し、収入が増え、生活水準があがる。そのあがり方が『多少』という程度ならまわりはみんな興味をもつ。自分でも真似てみようと思う。そうやって、広まっていく。
ところが、あまりにも大きく生活水準があがるとも今度はまわりからやっかまれる。誰も真似しなくなる。だから、生活水準の向上は『ある程度』に収めなきゃならない。うちも同じだ。成金みたいな真似はしないし、するわけにはいかない」
「そういうものですか?」
大きな目をますます大きく見開いて尋ねるほだかに対し、
「そういうものだ」
「君はよくそういうことを知っているね」
「当たり前だ。農家として最先端の農業を学んでいれば、これぐらいの情報は入ってくる」
「ならば、
もちろん、と、
「オーバーアートに挑戦したい。そう望む農家を助けるために使うさ」
その言葉に――。
ほだか、
――かの
「師匠」
「えっ?」
「やっぱり、師匠って素敵です!」
ほだかが全力で
勢いに押されて
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