NTRれたおれ。美少女と農家富豪に成りあがる
藍条森也
一章 三月のNTR
「あなたとは今日でお別れ。わたしはこの人と結婚するわ」
とある高級ホテルのラウンジ。オシャレな丸テーブルのまわりに三つの椅子が並んだその場所で、
時代柄、すでに汗ばむぐらいの暖かさを感じるようになった三月初めのことだった。
見下した視線。
勝ち誇った表情。
これ見よがしに見せつける左手の薬指には、大きなダイヤの婚約指輪。
いったい、何カラットのダイヤで、いくらするのか。そんなことは
「会社の社長の息子さんからプロポーズされたの。後腐れないようにしておきたいからはっきり、別れたいの」
「あなたとはお終い」と。
――そういうことか。
いかにも『垢抜けない田舎者』と言った感じ。目の前に並ぶ『華やかで、洗練された都会人』であるふたりとは出身惑星からしてちがう生き物だとしか思えない。
一目惚れだった。
大学に入ってすぐ『話題の美女』として知り、一目で心奪われた。二年間、片思いをつづけてモヤモヤし抜いたあげく、まわりの悪友たちから背中を押され、告白した。
玉砕覚悟、ダメ元の告白。
だって、そうだろう?
相手はミス・キャンパスに選ばれるほどの美女。こっちは明日も知れない零細農家の息子。顔も、頭も、その他も、すべて平凡。誇れることと言ったら、いままでに犯した悪事と言えば小学校時代、好きな女の子をこっそり盗撮したことぐらい、と言う程度。善人と言うより、小心者と言った方がふさわしい。自分でもそう思う。
そんな自分だから、ミス・キャンパスとどうにかなるなんて思えるはずがない。
悪友たちも無責任にけしかける一方で、残念会用の居酒屋を事前に予約していたぐらい。ところが――。
なんの奇跡か、偶然か、
大学、そして、大学卒業後もふたりの関係はつづいた。その間の
「あんな美人なんだ。少しぐらいワガママなのは当然だよな」
そう思っていたし、
――男として役に立てている。
そう思えた。
――将来は
そう思っていた。
大学卒業後、何度か結婚の話題を持ち出したのだがそのたびにはぐらかされた。それでも、
――
子どもの頃から親の仕事を手伝い、そのまま家業に就いた自分とはちがう。まったく新しい環境で、まったく新しい仲間たちと過ごしているのだ。結婚のことまで考えられないのも無理はない。
そう思い、結婚の話は時期が来るまでお預けにしておくことにした。それでも、『
――こんなしがない零細農家の自分にも、こんな美人の嫁が来てくれる。
そう信じ、幸せだった。そして――。
今日、いきなり、別れを突きつけられたのだ。
金持ちで上級国民の婚約者と一緒に。
こうなってみると、すべてが納得できる。
――こんな時代だし、自分で食べ物を作れるって言うのは心強いわよね。少なくとも、食いっぱぐれることはないはずだわ。三〇までに他にいい相手が見つかればよし。それが駄目なら結婚してやるのもいいかもね。
そんな風に思っていたにちがいない。
なにしろ、農業を知らない人間は『農業』というものをずいぶんと楽な、のんびり暮らせる家業だと思い込んでいるようなので。
もっとも、この点については
ともあれ、
「君のことは
と、そのいい相手、
若くしてこれ見よがしな高級スーツを着ている趣味はともかく、そんな服装が似合う見栄えのいい男であることはまちがいない。背は明らかに
このふたりが並んでいるさまを女子高生あたりが見たらきっと、吹きだしてしまうだろう。
「同じ男で、こんなに差があるの?」と。
ともかく、
「他人様の恋人を横取りする結果になったのは申し訳なく思う。しかし、僕たちは出会った途端、感じたんだ。『これこそ運命の相手、真実の愛だ』とね。運命には逆らえない。君もこの運命を受け入れてもらいたい」
口調ばかりは穏やかだが、内容は『ふざけるな!』の極致。そして、この言葉を正確に翻訳すると、
「いまどき、お前みたいな貧乏人が結婚なんて出来るわけないだろ。いい加減、夢から覚めて、二次元の嫁でも相手にしてな」
と言うことになる。
――貧乏人。まさにその通りだ。
それを見てはなにも言えない。
先祖代々、受け継がれてきた一ヘクタールにも満たない小さな畑。その畑から採れる作物で得られる収入ではきっと、一〇〇年かけてもこんな婚約指輪は贈れない。
――おれがバカだったんだ。おれみたいな平凡な零細農家なんて相手にされるわけがなかった。まともな頭のある人間なら誰だって、会社社長の御曹司を選ぶさ。
自分だって、
そう納得してしまえる。
納得してしまえるのにどうして、文句を言えるだろう。現実を受け入れ、引きさがるしかなかった。
「……わかった。お別れだ。お幸せに」
――
そう自分に言い聞かせ、
卒業シーズンの三月。
彼女に卒業された。
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