第2話 大通りとアスファルト
「それで、気分はどうだ?」
「まぁ、悪くはないです」
「そうか、なら続けるぞ」
私とイツカは路地裏を出て人々が行き交う通りの片隅に居た。イツカは壁に背を預け、私は所在なくその前に立っている。
さきほどからこの世界についてレクチャーを受けているところだった。まとめると、亜人と呼ばれる人と違う種族や魔物が居て、魔術だのなんだのがある以外は俺の居た現代日本とはそう変わらないらしい。それが大違いなのだが、気にしていたら頭がおかしくなりそうなのでとりあえず同じところを大きめに受け取った。科学文明に支えられた都市があり、燃料で動く車が走り、ネットがあってスマホが普及している。その間を巨大な魔物がうごめいて、獣の耳の人間や鬼がそれを使っているだけだ。そういうことにしておいた。
「で、ここからが本題だ。お前と私で人狼を殺すって話だが」
「全然話が掴めてないですけど」
「決行はこれからだ。悪いが時間がない」
「え? これから?」
「そもそもお前を呼び出したのが戦う上で手数が少ないと分かったからだ。やつとは昨日から交戦中だ」
「戦闘真っただ中だったんですか」
つまり、人狼とやらと戦っている途中で、有利な状況を生み出そうと私が呼び出されたのか。なんともはた迷惑な話だ。いや、でも本来死んでいたのだから助けられたと言えるのか。なら、実のところ目の前の吸血鬼は私の命の恩人ということになるのか。
「ていうか、なんで自分なんですか? 下僕ならこの世界の人の方が良いんじゃ」
「世界をまたぐ影響なのか、魂を媒介にする影響なのか知らんが、異界から呼ぶ人間は魔力の濃度が格段に高い。だから、お前を呼んだ」
「な、なるほどぉ」
相槌を打つ。良くわからないが私は強いということらしかった。まるで実感はないが。実感がないといえば、
「自分はもう吸血鬼なんですか?」
「そうだよ。私の眷属だから日の光は影響ないけどな」
私は吸血鬼になったらしいということだった。
さっき、ビルの屋上で盛大に首に噛みつかれたが、それを境にして私は吸血鬼になったのだそうだ。まったく、実感はなかった。イツカは日の光の影響を受けない種類の吸血鬼らしく、その下僕の私も日の光は関係なかった。なので、これといって人間からの変化は感じなかった。
「実感ないです」
「そうか? なら思い切り地面を踏みしめてみろ」
「こうですか?」
私は言われた通り地面を思い切り踏みつけた。
すると、なんだかまるで手ごたえがなかった。手ごたえがないというか、地面を踏み抜いていた。
すさまじい破砕音だった。工事現場でもまだかわいいだろう。明らかに日常であまり聞かない音が轟き、私が踏んだコンクリートは大きく陥没した。下は地下階層だったらしい。下の床があらわになり、そこにコンクリート片が降り注いでいた。
「なんですかこれ!?」
「それが今のお前の力だよ」
さも、当然というか、街中で地面を大きく陥没させたのにイツカは平然としていた。さすがに周りの人々が悲鳴を上げていた。やはりこの世界でもおかしなことらしい。当たり前だ。公共の構造物を破壊しているのだから。
「だれか! 早く警察!」
口々に人々が騒いでいる。
「おっと、やばいな。騒ぎになったか。逃げるぞ」
そう言うとイツカはさっと飛び上がってビルの上に行ってしまった。
「はぁ!?」
後には私だけが残される。見れば周囲の人だかりは明らかな敵意を私に向けている。スマホを手にどこかに電話をかけている人間の姿も見える。「警察」というワードがそこら中から聞こえる。
どう考えても良くない状況だった。
『おい、なにやってる。お前も上に来い』
「頭に声が響いてる!?」
『眷属とは念話出来るんだよ。良いから飛べ』
「飛べって言われても......」
『思いっきり飛び上がるんだよ!』
有無を言わさぬとはこのことだった。仕方なしに私は思いっきり足に力を込め、解き放った。
瞬間、目の前の景色がぶっ飛んだ。瞬く間もなく、私の体は地上の上空20mにあった。
「上出来」
そして、私の右手が掴まれた。ビルの屋上で待ち受けていたイツカだった。
「あんた! お尋ね者だったんですか!」
「そうだよ」
「そうだよって......。じゃあ、狼男を倒すっていうのは?」
「仕事の邪魔だからだ。お前にはそれに協力してもらう」
「なんてこった」
つまり、私は犯罪者の争いに巻き込まれたということらしい。死に際から救い出された先はろくでもない現実だったということらしい。
と、下でサイレンがなり響いた。遠くからいくつか聞こえる。私の居た世界でもなじみの音はここでも変わらないらしい。
「む、警察か。さすがに厄介だな。移動するぞ」
イツカはそのまま走り出す。すごい速度だ。私も慌てってついていく。ついていけた。明らかに車みたいな速度で走るイツカに追随できた。恐ろしい話だった。
「はは、良いぞ。その体に馴染んできてるじゃないか」
「馴染みたくもないですけど。ちなみに自分にこの話の拒否権は」
「ないよ。下僕なんだから。嫌なら意識を奪って働いてもらうだけだ」
「ひでぇや」
つまり協力するしかないらしい。ひどいことになった。まったく受け入れがたい話だった。
「お前、その敬語なんとかならないのか。むずむずする」
「無理です。犯罪者と親しげにため口で会話なんか出来ないです」
「なるほど。言えてるな」
なにがおかしいのかイツカはケタケタ笑っていた。勘弁して欲しかった。私たちはそのままビルを飛び回り、サイレンが追いかけてこれないところまで行くのだった。
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