夏の爽風

玉舞黄色

第1話

「レンー、着いたわよー」

 その声で、僕は目を覚ました。

「ずっと寝てたなあ」

 前の運転席から父さんがあきれたように言う。

 もう着いたのか……。

 目をこすりながら、車窓の外を見る。

 白く大きい雲。遠くには、青く広大な海。

 とても興味をそそるそれらも、今日は見て見ぬ振りをする。

 今日は墓参りに来たのだ。

 ただ親戚のだと言われただけで、誰なのかは知らないが。

 僕は大きくのびをして、車を降りた。

 少し潮の匂いがする。

「じゃあ、行きましょうか」

 お母さんが僕に呼びかけた。

 僕は持ってきた本を抱え、お母さんの後をついて行った。


「レンはあっちの公園で遊んどく?」

 実際、僕はあんまり興味が無かったから、頷いて公園へ向かった。

 持ってきた本でも読もうかな。

 ベンチに腰掛けて、本を開く。

 数ページほど進んだところだった。

 不意に、声を掛けられた。

「ごめーん、ちょっと君?」

 誰だろうか、と顔を上げる。

 そこには、高校生か大学生くらいの女の人が立っていた。

「少し話でもしない?」

 突然言われ、僕は少し戸惑った。

「あ、そうだよね。君にとっては他人だもんね。……わたし、花恋っていうの」

 よろしくね、と言って、花恋さんは僕の隣に座った。

「じゃあ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど……」

 なんだろうか。

 少し気になりつつも、僕はなにも言わずに読みかけの本へ視線を戻そうとした。

 すると、少し間を空けて花恋さんはこう続けた。

「突然、身近な人が亡くなったら、どう思う?」

 いきなり重い話をふっかけられ、僕はびっくりした。

「例えば、両親、兄弟、姉妹、友達とか」

 そんな僕にかまわずに花恋さんは話を続けた。

「君はそのときどう思う? どんな感情が生まれる?」

 花恋さんは、すごく真剣な顔で僕を見つめた。

 それに耐えきれず、僕は本を閉じて傍らに置いた。

 お母さんと、お父さんが死んだら、か……。

 今まで、そんなこと考えたこともなかった。

 居て当たり前の存在。居なくなるなんて、考えられない。

 考えられないけど……でも、いつかそのときが来るんだ……。

「わたしはね、あんまり悲しまないと思うんだ」

 僕が考え込んでいると、不意に花恋さんは話し始めた。

「もちろん、人それぞれなんだけどね。でも、わたしは悲しまない」

 凜とした――でも、少し悲しげな顔で花恋さんは続ける。

「それよりも、もっと生きなくちゃ。その人達の分まで生きなくちゃって、わたしは思うの」

 ぶあっと風が吹く。

 爽やかな潮風に吹かれ、花恋さんの長い髪がなびいた。

「僕には、分かんないや……」

 足をぶらぶらさせながら、口を尖らせて僕は言う。

「でも、花恋さんみたいに考えてみようかな」

 そこで、ふふっと花恋さんが笑った。

「君は、そうして生きていってね」

 その顔は、どこか悲しそうで。

 でも、なぜか見惚れてしまうような、表情だった。

 僕はなぜかいたたまれなくなって、ここから離れようと思った。

「すみません。僕、もう帰らないと」

 そう言って、立ち上がってお母さんの方へ向かおうとした。

「がんばって生きてね」

 後ろから花恋さんが声を掛けた。

 それが、なんだか悲しくて、声が震えているように感じた。

 振り返ろうとしたが、なんだか振り返ってはいけないように感じて、僕はそのままお母さん達の方へ向かった。


 あるお墓の前で、お母さんとお父さんはしゃがんでいた。

「もう終わったの? お母さん……」

 言い終わってから、気がついた。

「ごめん……ごめんね……」

 息を殺して泣いていたことに。

 僕はびっくりして駆け寄った。

「お母さん……どうしたの?」

 すると、お母さんは顔を上げ、僕を見た。

「実はね……レンには隠していたことがあるの」

 その言葉をお父さんが引き継いだ。

「お前が生まれる前に、一人、娘が居たんだ」

 お母さんが涙を拭いて、お父さんの隣に立つ。

「レンが生まれる、少し前に交通事故でな……」

 なんだそれ……。

「なんで、黙ってたの……?」

 僕はぽつりと呟いた。

「レンには、その悲しみを背負って欲しくなかったから……」

 お父さんが苦しげに言う。

「なんで生きてたっていう証拠を消したの……」

 言葉を紡ぐ唇が重い。

 でも、言わなくちゃ。

「なんで楽な方へ逃げたんだよ……」

 花恋さんに、さっき教わったじゃないか。

「僕たちが、その分生きていかなきゃいけないのに!」

 少し冷たい風が吹く。

「……そう、だな。花恋もそう思ってるのかな」

 ……花恋?

「その子って、花恋って言う名前なの?」

 僕の頭にはさっきまで話していた花恋さんの顔が思い浮かんでいた。

「そうよ。レンの名前も、そこから取ったの」

 じゃあ……さっきのは……。

 そう思った瞬間、僕は駈け出していた。

「レン! どこへ行くんだ!」

 お父さんが呼び止めるが、気にしない。

 また公園に戻って、見渡す。

 ベンチに一人で座っている花恋さんを見つけた。

 僕は立ち止まって、花恋さんに言う。

「僕が、花恋さん……いや、お姉ちゃんの分までいっぱい生きるから!」

 すると、お姉ちゃんは立ち上がって言った。

「お願いね。レン」

 そして、だんだんと消えていった。

「お姉ちゃん……」

 僕はそれをただ見守ることしかできなかった。


「ねえ、お母さん。お姉ちゃんってどんな子供だったの?」

 僕は帰りの車の中で、聞いてみた。

「そうねえ、いつも本ばかり読んでたよね」

 お父さんも頷いて続ける。

「今のレンに似てたよ……花恋もレンが生まれるのを楽しみにしてたんだけどな……」

 また、沈黙が続く。

 でも、僕はそれを破るように、言う。

「お姉ちゃんならこう言うよ……わたしの分まで生きろって!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の爽風 玉舞黄色 @Gaia-python

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ