第6話 あなたの御髪は美しい 

 

 もし、戦場の彼女とお茶会の彼女、そして可憐と言っても不自然でないあの彼女を見ていなければ、自分勝手で子どもっぽいだけの、大人になれないお嬢さんのイメージしか持たなかっただろう。


 子どもの頃に言われた言葉に傷つき、自分の個性を嫌い、消そうとする。

 結果、死神と呼ばれ、人になれない自分をさらに嫌おうとする。


 庇われれば、それは自分が王女だからだと、その者すら信じられない。

 誰にも会いたくないと、人を避けるようになるくせに、『人』を求めようとする。

 そして、そんな自分が嫌で、やはり自分を傷つける場所に、自分を置いた。


「初めて『人』に会ったと、仰っていました。あんな場所なのに、人でいられる『人』の願いを叶えたいと」

 人を求め、人になりたがった死神は、どう間違えて俺を人だと勘違いしたのだろう。少し笑えてしまう。戦場で人を殺していたジャクリーヌが死神なら、俺だって死神である。

 それから、ポートマンさんは彼女の『ご』に続く言葉をご存じですか、と続けた。もちろん、首を横にする。


「あなたにお会いするときは、あの甲冑が御守りのようなものだったのです」

 ポートマンさんが静かに話し始める。そして、彼女の中にある言葉を知らせる。


「だから『庭男』……」

「おそらく、今日はお茶会には出てこられないと思います」


 謝りたくて、俺を三時に誘っていたそうだ。出てこない言葉の代わりにポートマンさんが様々な情報を付け加えた。


 ご家族の皆様を助けられなくて、ごめんなさい。

 ご兄弟の皆様を一緒にしてあげられなくて、ごめんなさい。


 ごめんなさい。あなたのお城のお庭は、ないのです。

 ごめんなさい。必ずお庭に集まれるようにしますので。


 ご心配なくとは言えませんが、どうか信じて待っていてください。


 会わせられなくて、ごめんなさい。

 私は『あなたという存在』を殺したも同然なのです……。


 すぐに後悔して謝らなければならないような奴は、戦場に立つべきではない。間違っても、間違いを犯したと相手に伝えるなど、……。それは、戦いに散った戦士達の顔に泥を塗る行為だ。


 国の上に立つ者も、そうだと思っていた。


 だが、素直に謝ることができるのは、単純に『強さ』でもある。羨ましい強さだった。

 兄含め俺たちには受け継がれなかった、両親の純粋な強さ。


 反乱の声を聞いたあの時も、謝りたいと言う国王を止めずに、謝らせてあげれば良かったのだろうか。

 あの国は、それで国王を許していたのだろうか。


「ジャクリーヌ様は二度と戦場に立たないそうです」


 彼女は、あの戦地で持ち帰らなければならなかった『首』を持ち帰らなかった。

 ……斬り落とせば良かっただけなのに。

 あぁ、本当に純粋に『可愛らしい』お姫様なのだな。


 どちらにも進むことができなくなった彼女は、また別の仮面を被ろうとしたのだろう。王族としての地位も騎士としての地位も捨て、この辺境の土地を贖罪の意味でもらった。戦勝地としてではなく、どちらかと言えば、地位を捨てる彼女へ王ができる最後の贈り物として、この土地が与えられたのだろう。


 孤児院を建てるのだそうだ。この戦争で孤児となった者を分け隔てなく、助けが必要な者はすべて受け入れたいと。そして、いずれは戦没者の鎮魂のための教会も建てるのだそうだ。


 この髪を思い出しながら、償いたいと。


 決めたのだろう。


 それなのに、俺にその髪を見られて血も涙もない『魔女』と言われると思ったらしい。鎧姿で『死神』と言われなかったからと、俺の前ではあんな姿をしていた馬鹿みたいに怖がりなお姫さまが、あの鎧の中にいたのだ。


 まるで迷子のように道に迷い、魔女の言葉を恐れ、死神になり、勝手に庭造りを押しつけておき、次は聖女にでもなると言うのか……。

 孤児達を受け入れるつもりなら、人との関わりは避けられないのに、と思いながら、なぜか不思議と優しい気持ちになる。


 戦場に立たないのではなく、立ちたくないと気付いたというところか。


 しかし、彼女の仮面が、今度は剥がれないようにしたいと思った。彼女の作る未来を見たいとも思った。

 俺はポートマンさんの顔を真っ直ぐ見つめた。


 彼女に伝えてください。


 あなたの御髪おぐしは、とても清らかで美しい、と。


 きっと、『人』と信じてもらえている俺が言えば、素直な子どもは信じるのだろう。二度と死神にも魔女にもならないのだろう。


 清らかな聖女として立ち続けられるのだろう。

 彼女は馬鹿みたいに素直で、とても強い『人』だから。

 まったく羨ましい限りだ。

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