ミラージュファイト・ゼロ

@misaki21

『第一章~ランブレッタ48』

♪「リカちゃん軍団のテーマソング」by Raptorz

(作詞・歌:橘綾/作曲:加納勇介(G) 大道庄司(D)/編曲:真樹卓磨(B))


 変身完了5秒前!

 遂に目覚めるスーパーヒーロー!

 私立戦隊リカちゃん軍団!

 赤 青 黄色のリカちゃん軍団!


 邪悪な奴らが降りて来る

 僕らの街が狙われる

 みんなの希望が 消えて行く

 黒い叫びが耳を打ち

 破壊の闇が現れた(無へ帰るのだ)


 スーパーヒーローなんていないというが

 ここにいるから安心しろよ


 実は俺たちスーパーヒーロー!

 悪と戦うスーパーヒーロー!

 私立戦隊リカちゃん軍団!

 赤 青 黄色のリカちゃん軍団!


 閃け!(ハーモナイズ!)

 超絶テレキャスター!

 響け!(オーバードライブ!)

 完全レスポール!

 轟け!(ディストーション!)

 最強ストラトキャスター!


 スーパーヒーローなんていないというが

 ここにいるから安心しろよ


 彼らが来るならもう大丈夫

 世界の平和は彼らが守る

 全ての人らの平和を守る


 変身完了5秒前!

 遂に目覚めるスーパーヒーロー!

 私立戦隊リカちゃん軍団!

 赤 青 黄色のリカちゃん軍団!


「リカイエローが俺だというのはナイショだから

 そこんところ ヨロシクベイビー!」


(――第十回、私立桜桃学園文化祭ライブ初日より)


 パン、と派手な音がして視界が揺れた。

 ただのビンタなのに首から上がもぎとれそうで、遅れて口内に鉄の味がする。大きな掌の男はこちらを見てケタケタと笑うが、意図が全く解らない。

 もう数名がぐるりと取り囲み、こちらもニタニタと笑うだけ。自分と同じ学園のブレザー姿もいればスウェット姿もいるし、女性も二人ほどいる。

 まだ十七時過ぎだが裏路地だからか視界はやや暗く、先ほどのビンタで目がチカチカもする。鼓動が激しくなり、気色の悪い汗で背中はびっしょりで、逃げ出そうにも足元がおぼつかない。

 と、左足に激痛が走った。膝の下辺りを何かで殴られたらしく、派手にこけて、左足全体が痺れる。野球のバットを持ったジャージ姿の男がそれを構えて、こちらを見下ろしていた。痛みは足から腰、背中、頭まで伝わって、思わず咳き込んだ。骨が折れたようで涙がにじむ。こんな強烈な痛みは生まれて始めてだった。

 金を出せ、だとかの科白は一切なく、ただ囲まれているこの状況がまず理解出来ないが、頬と足の痛みで頭が上手く回らないし、逃げ出せそうもない。

 そして――


 ――私立桜桃(おうとう)学園高等部に加嶋玲子(かしま・れいこ)があがってきたとき、既に彼女は男子学生の話題の中心にいた。

 いや、中等部時代を含めれば男子に限らず、中等・高等部女子、そして両教師、果ては近隣の高等学校にまで彼女の名前は知れ渡っていた。「彼女にしたい女子ベスト3」だとか「ミス桜桃学園」だとか、そういった話になると必ず、高等部三年生の深谷美知子(ふかや・みちこ)と加嶋玲子の一騎打ち状態であった。加嶋玲子本人が知らないうちに「玲子ファン倶楽部」が出来ていたり、その集団と深谷美知子のファン倶楽部とで些細ないざこざが発生したり……まだ四月の後半だというのに、およそ勉学とは無縁なところで桜桃学園高等部は盛り上がっていた。

 高等部の一員となってすぐ、四月後半の時点でそれらとは無縁な位置にいた、一年の速河久作(はやかわ・きゅうさく)が始めて彼女、加嶋玲子と出会ったのは、若干さかのぼること四月中旬の登校中であった。

 学生の都合を一切無視した、恐ろしいほどの高台にある桜桃学園。殆どの者は通学にスクータを利用していた。無論、免許を持たない中等部学生はその心臓破りの坂道を私バスか、徒歩か自転車で三年間も登らされることになるのだが、ようやくにしてその呪縛から開放された久作は、すっかりくたびれた自転車から、乗れる日を待ちわび丁寧にメインテナンスをしていた旧式の原付バイク、ホンダXL50Sというオフロードに遂に乗り換え、吐きそうになりつつペダルを漕ぐ中等部の連中を横目に、通学という短い時間ながらバイクライフをエンジョイしていた。


 心臓破りの坂の五合目付近だったか、真っ赤な自転車と桜色のブレザーの女性が立ち往生しているのを見かけたとき、久作がホンダXL50Sを止めたのは、その桜色のブレザーに対してではなく、真っ赤な自転車に目がいったからである。五メートルほど離れた場所にXLを止め、フルフェイスをミラーにかけ、その真っ赤な自転車に向けて、てくてくと歩きつつ「どうしたんです?」と声をかけていたが、実際はどうしたかなど一切気にしていなかった。

 久作は、真っ赤な自転車……に見えるペダル付きの原動機付き自転車、ランブレッタ48に向けて声をかけていたのだ。ジェットヘルメットを足元に置いて、その真っ赤なランブレッタ48を中心にくるくると歩いている女性は、速河久作の問いかけに何かしら応えたが、肝心の久作にその科白は全く届いていなかった。

「驚いたな。まさか桜桃学園でランブレッタを見れるなんて。ベスパは何台か見たけど、ビンテージ物のランブレッタ48に乗ってる人間なんて、市街地でも見たことがない。それがこんなところに……」

 そんなことをぶつぶつと五分ほど。ランブレッタ48の細部を眺めつつ速河久作は心底、感心していた。

「あのぅ?」

「ランブレッタって確か、ペダルでエンジンがかかるんでしたよね? タンク容量は3リットルも無かったと思うんですけど、桜桃までのこの上り坂は、かなりきついでしょう?」

 桜色のブレザーの下、短いスカートの端を握る加嶋玲子に、久作はまくしたてるように尋ねた。好奇心で少し笑みの浮かぶ速河久作と、頭に「?」マークの浮かんでいる加嶋玲子。一分ほどして加嶋玲子が応えた。

「あのー、このスクータ、ランブレ? 急に動かなくなっちゃって……」

 会話として成立しているか微妙であったが、そこで久作が我に返ったのは加嶋にとって幸いであった。

「ああ! そうか。えーと、すいません。あんまり珍しいスクータだったものでベラベラと。止まっちゃったんですか?」

 ここで始めて久作は、真っ赤なランブレッタ48の持ち主、加嶋玲子の顔を見た。それまではずっとランブレッタの顔を見ていた、いうまでもなく。

 桜桃学園高等部一年生、加嶋玲子(かしま・れいこ)。

「彼女にしたい女子ベスト3」「ミス桜桃学園」「加嶋玲子ファン倶楽部」、男女と教師が騒ぎ立てる彼女の容姿は、久作にランブレッタ48と同じくらいの印象を与えた。

 耳が少し隠れる程度の髪の毛のあちこちがゆるりと跳ねている、癖っ毛だろうか。とても柔らかそうな栗色をしていた。顎が少しとがった顔全体は小さく、しかし瞳は顔のバランスに比べて大きい。髪の毛と同じ色の瞳は端がすこし下を向き、鋭い眉毛もまた、下を向いている。まつげが棘のように出ているが、マスカラなどを使っている様子はない、天然なのだろう。顎と同じく小さくとがった鼻と、その下に、ブレザーの桜色と同じのふっくらとした唇があった。背丈は百六十五センチほどだろうか。すらりと伸びた足の先は、ブーツやローファーではなくローカットのスニーカだった。

 顔からあえてスニーカに目をやったのは無意識であった。全体に痩躯(そうく)な印象でありながら、自己主張をしているような胸を真正面からみる度胸が、久作にはなかったのだ。ランブレッタ48と加嶋玲子を交互に見る……ようにして、速河久作は加嶋玲子の噂、例の「彼女にしたい~」云々を思い出し、なるほどと納得した。久作は今のところ女性にはそれほど興味がなかったが、それでも加嶋玲子の容姿は、そんな久作のむなぐらを掴むインパクトがあった。

 ごく単純に「可愛い」と内心で表現しないのは、久作の若干ひねくれた、そして冷めた性格ゆえだが、結局のところ「可愛い」。久作風にいうなら、ビンテージスクータであるランブレッタ48を、桜桃学園の心臓破りの通学路で見かけるほど奇跡的な存在、といったところか。

「あのぅ? わかりますか?」

 加嶋玲子の問いかけに、久作は若干戸惑った。正直言って可愛い、本気でそう言いかけた自分に驚いた。当然、加嶋のその問いはランブレッタに関してである。

「ああ! えーと、ちょっと待って」

 必死に冷静さを取り戻そうと努力し、ランブレッタ48にしがみついた。クラッチレバーをくいくいと握ったり、ペダルをくるくる回しつつ、速河久作は思う。ランブレッタ48と、この女性という組み合わせは、反則だろうと。五十年以上昔のビンテージスクータと、ミス桜桃学園、動揺するなというほうが無理である。しかし、今はとにかくランブレッタに集中、そう自身に言い聞かせ、いくらか冷静さを取り戻すと、立ち往生の原因が単なるガス欠だと判明した。

「ガソリンがなくなってますよ、これ。ランブレッタのタンク容量は――」

「なんだ! ガス欠なの?」

 かぶせるようにレイコがいい、その声に久作は驚いた。そのルックスでこのハスキーボイス。そしてランブレッタ48……反則技のオンパレードに久作は立ちくらみを感じた。

「ここから桜桃まで押していって、始業までに間に合うのかな?」

 立ち往生の原因が解かり、次の課題に頭を悩ませるレイコ。そのしぐさを真正面から見る度胸はもう久作にはなかった。どうせこちらも反則なのだろうと解かり切っていたからである。

「僕のバイク、あそこにあるあれですけど、リザーブを1リットルほど積んであるんで、あげますよ。それだけあれば桜桃の駐輪場までは余裕ですよ、ランブレッタでも」

 半ば逃げるように自身のバイク、ホンダXL50Sへと駆け出し、オイル缶を握って再び戻り、それをレイコに渡した。

「え? 借りちゃっていいんですか?」

「借りるというか、あげますよ、ガスの1リットルくらい」

 早口でいい、くるりと転身しようとした久作の腕を玲子ががっしと握り、久作は思わず倒れそうになった。

「いいんですか? ありがとうございます!」

 久作の腕を握ったまま、レイコは柔らかな髪の毛が浮く勢いでお辞儀をする。礼節もきちんとしている、もう駄目だ、これ以上この子と喋っているとまともにバイクを運転できなくなる、そんな予感がした。握られた手がゆっくりとほどけるのを待ち、久作はデジタル腕時計を見つつ、

「そろそろ出発したほうが……」

 かろうじて言った。その科白にレイコも自分の腕時計、ランブレッタと同じく真っ赤で小さな腕時計を見て、あっ! と声をあげた。

「そうですね! ほんとにありがとうございます! すいません、何だか巻き添えみたくなっちゃって」

「別に、まあ、えー、行きましょう」

 それだけ返すと久作はXL50Sに向かい、フルフェイスをかぶり、加嶋玲子がランブレッタ48にリザーブをチャージしてエンジンが掛かるまでを見届けて、自身のキックペダルを蹴り付けた。玲子の、いや、ランブレッタの横にXLを寄せ、フルフェイスのバイザーを上下させて合図を送ると、ランブレッタがとことこと走り出した。

 それで一安心した久作は、XLのアクセルを全開にしてすぐさま追い抜き、減速して再び振り返り、手を上げて挨拶をして、そのまま走り去った、まるでランブレッタ48から逃げるように……。

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