六文銭

大塚

第1話

 ひどく寒い夜。スマートフォンの麻雀アプリで遊んでいたら、


「三途の川を渡るための金を持たせてもらい忘れた。振り込んでくれないか。」


 というメッセージが届いた。

 送信者は、年明けすぐに亡くなった友人だった。

 友人は私と同じ世代で、昨年の夏頃から病気を患っていた。進行が早く、年は越せないだろうとすら言われていた。

 けれど、年を越すことはできた。私と、友人と、それに友人の家族でささやかな新年会を行った。その後友人は亡くなった。


 通夜も葬儀も全部終わり、今友人は骨になって自身の実家にいる。


「三途の川?」


 驚きすぎて、思ったことをそのまま返信していた。すぐに既読マークが付く。それから、「」と短く帰ってきた。次いで銀行の振り込み先口座番号も。


「お母さんに頼めばいいのに。」

「お母さん、僕に六文を持たせ忘れたってことに気付いたらすごく落ち込むだろうから。」


 それはまあ、そうか。年を越せないかもしれないと言われた友人の側で、友人の母は気丈に振る舞っていた。父親はとうに鬼籍に入っていて、友人は友人の母と姉とのさんにん暮らしをしていた。葬儀も友人の好きなもの、愛していたものを尊重した良い式だった。そんな母親に「六文銭を持っていないから三途の川を渡ることができない」なんてメッセージを送るのは……躊躇われるだろう。


 私は普段使いをしている銀行のアプリを立ち上げ、ネットを経由して指定の口座に送金を行った。六文銭──六文なんて中途半端な金額を送れるはずがないので、1000円送金した。その後しばらく待ったが友人からのメッセージが送られてくる気配はなく、スマホを置いて寝た。


 朝。目を覚ますと友人からメッセージが届いていた。


「1000円は多すぎる。」


 無事に三途の川を渡れたわけではないのか、と少し落胆する。それに。


「1000円は別に多くないでしょ。コーヒーとタバコ買ったらなくなっちゃうよ。」

「どっちも売ってないし、現金を持ちすぎてると船に乗せてもらえないから。」

「賽の河原、コンビニないの?」

「ない。」

「ATMは?」

「ある。」


 六文を引き出すことしかできないのか。不便だなぁ。

 ベッドの上にどっかと座り、煙草に火を点けて考える。

 あ、そうだ。


「賽の河原で石を積んでる子どもたちに声をかけてみたら?」


 そう尋ねると、短い沈黙ののち。


「やってみる。」


 と返信が来て、その日はもう新しいメッセージが送られてくることはなかった。私は在宅の業務を黙々と片付けた。


 翌日。

 友人からメッセージ──というか、一枚の写真が送られてきた。

 小さな船に乗る友人と、それから見覚えのない小さな子どもたちが笑顔でスマートフォンを見上げている構図の写真だった。相変わらず自撮りが下手だな。あと、やっぱり1000円送って良かったじゃん。そんな気持ちになった。


 おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

六文銭 大塚 @bnnnnnz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ