透き通る悪夢 〜闇を歌う少女〜

藤澤勇樹

第1話

ある静謐せいひつな村、幽玄ゆうげんにして暗く、夜は闇の帳が下りる。


そこに一軒の家が、煙突から静かに煙を吐きながら、まるで世界の終わりを告げるかのように孤独にたたずんでいた。


家の中には幼い女の子、美咲がいた。


瞳はまるで碧玉のように澄んでおり、世にも珍しい奇跡を持って生まれてきた。


彼女の声には不思議な力があり、歌うと花が咲き乱れ、小鳥が舞い降りる。


だが、その奇跡はやがて禍々しい影を落とし始める。


ある晩、美咲が歌うと、戸口に一つの影が忍び寄り、その影は紛れも無く人のそれだった。


美咲の母はそっと声をかける。


「美咲、あなたの声は神様にも届くわ。

だけど、心にも届けなくちゃ意味がないのよ」


◇◇◇


日々は続き、美咲の歌声は村の隅々にまで届いていた。


だが、その声はいつしか村に異変をもたらし始める。


動物たちが奇妙な行動をとり、昼夜を問わず鳴き声が響き渡る。


そして、人々にも異変が…。


ある日、美咲の友達が謎の病に倒れ、やがてその命を落とした。


村人たちはささやき始める。


「美咲の歌が呼ぶのは、神の恩恵ではなく、悪霊のしわざだ」


美咲はただただ不可解なまなざしで、友達の墓に手を合わせるのみだった。


美咲の母の心中は複雑であり、ある晩、彼女は村の神父に相談に行く。


「私の娘が、何か悪いものを呼んでしまったのでしょうか?」


神父は重い沈黙を破り


「彼女の奇跡が、バランスを崩しているのかもしれません」


と告げた。


◇◇◇


気がつけば美咲のまわりでは、ますます奇怪な出来事が頻発していた。


村の井戸からは血が湧き出し、家畜は次々と変死を遂げる。


美咲の歌声は今や恐怖の源泉であり、彼女は村人たちから避けられるようになった。


美咲自身も、自らの歌声に恐れを抱くようになっていた。


「私のせいで、みんなが…」


そんな言葉を漏らしながら、彼女は孤独に耐えていた。


ある日の夕暮れ、美咲は草原で歌を歌っていたが、突然、空から血の雨が降り注ぎ、彼女は恐怖のあまり声も出せなくなった。


その夜、美咲の母は決心する。


「もうこの村にはいられない…私たちは去るべきだ」


だが、その夜、彼女たちの家は謎の火に包まれる。


◇◇◇


村は炎と煙に覆われ、美咲とその母の姿はもはやどこにもなかった。


炎の中からは美咲の歌声が、切なくも美しく響いている。


消えゆく彼女の声に、村人たちは恐れおののきながらも、不思議な安堵を感じていた。


翌朝、火はすべてを焼き尽くし、灰となった家の跡からは、一輪の赤い花が咲いていた。


それはまるで、美咲の純粋な心が残した最後のメッセージのようだった。


「私の声は、今もどこかで響いているのかしら」


という美咲の声が、風に乗って遥か遠くへと消えていった。


村人たちは言葉を失い、ただその花を見つめるしかなかった。


美咲とその母が遺したものは、奇跡とも悲劇ともつかない、赤い鮮血の記憶だけだった。

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透き通る悪夢 〜闇を歌う少女〜 藤澤勇樹 @yuki_fujisawa

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