第18話 双子の友人
「まったく、お前たちは病人を何だと思ってるんだ。俺は介抱しろって言ったはずだが」
双子が慧さんに正座をさせられ怒られる様子を横目におかゆを貪る。もういっそ土鍋から直接食べたい。めちゃくちゃ美味い。
「ごめんなさーい」
「反省してます」
兄の
初対面からやけに気さくなやつらだと思っていたが、慧さんの話では俺や深愛と同い歳の高校2年生らしい。どうやら慧さんと同じ孤児院で暮らしていたとか。
使用人は皆歳上ばかりだったため、同い歳の仲間がいると親近感が湧く。
「まあまあ、慧さん。反省してるみたいですし、いいんじゃないですか? 俺も気にしてませんし」
悪いやつらじゃなさそうだし、助け舟でも出してやる。慧さんも俺がいいならとすんなり引き下がってくれた。
「やー君ありがとー! 慧ちゃん怖かったよぉ」
「弥太郎、君は良い奴だ」
そう言って今度は2人して俺の肩をぐらぐらと揺らす。やっぱ反省してないなこいつら。
まあ俺も別に助けてやろうと思ったわけじゃない。2人の手を振り払い、慧さんを見遣る。
「ところでおかわりはいただけますか」
土鍋は既に空っぽ。昨晩からろくに食事もしていないため、お腹が空いて仕方なかった。
慧さんは呆れたようにため息をつく。
「お前、病人だろ。程々にしとけよ」
「でも、慧さんの作ったおかゆが美味しくて……」
慧さんは調理担当ではないが、普段の食事に引けを取らないくらい美味かった。空きっ腹にはよく沁みる。
餌を強請る子犬の視線を真似てみると彼女は一瞬怯んだが、すぐに首を振って拒否の姿勢を見せる。
「まだ万全じゃねえんだ。食べすぎても気持ち悪くなるだけなんだから、今はそれくらいで我慢しろ」
ダメか。ちょっと行けそうな気がしたのに。
慧さんはこう見えて結構面倒見が良い。彼女がダメだと言うならやめておいた方がいいのだろう。
残念だと落胆する俺に慧さんは続ける。
「……まあでも、体調が良くなったら弥太郎の好きなもん作ってやるよ」
「え、いいんですか?」
「別に。減るもんじゃないしな。あんなに美味そうに食べてくれたら作り甲斐もあるし」
なんたる僥倖。おかゆですらこんなに美味しいなら、ちゃんとした手料理はもっと美味いんじゃないかと期待が高まる。心做しか体調も良くなってきた気がする。人体とは単純なものだ。
一方で2人からはブーイングも巻き起こる。
「慧ちゃん、やー君に甘くなーい?」
「贔屓だ、贔屓」
「うっさい。お前らは作っても文句しか言わねえだろ」
「ちゃんと美味しいと思ってますぅ〜。ただトマトが嫌なだけですぅ〜」
「僕はピーマンさえ無ければ」
「好き嫌いすんな」
野菜が食べられないとはまだまだ子供だな、と心の中で笑っておく。俺は教育上好き嫌いをするなと食べさせられた結果食べられるようになっただけだが。
ワーワーと言い合っている3人。病人の部屋だということを忘れていないだろうか。眠気はとっくに飛んでいってしまったため、別に問題ないと言えばないんだが……。
ちょっとトイレにでも行こうかとスリッパを履くと、先程まで騒がしかった3人が今度は俺に矛先を向ける。
「弥太郎、病人は大人しくしておくんだ」
「やー君どこ行くの! 動いちゃダメでしょ!」
「必要なもんがあるなら持って来てやるから寝てろ、弥太郎」
みんながみんな一斉に喋るもんだから、もう何がなにやら聞き取れない。
多分全員心配してくれてるのだろうとは思うが、俺はただトイレに行きたいだけだ。そろそろ我慢の限界なんだ。
「ちょっとトイレに行くだけだって。そんなに心配されることは」
「ここでしたらいい」
「ここでしちゃえば?」
「ここでしろ」
「ハモるな。なんでそこで満場一致なんだよ」
物の見事に3人が口を揃える。するわけないだろ、バカなのか。
当然ながら冗談だったらしく、修と悠はけたけたと笑う。
……慧さん、嘘だよな? その尿瓶は見なかったことにするから早く仕舞ってくれ。
今の恐怖体験は夢だと思うことにして立ち上がろうとすると、双子が両脇を支えてくれる。
「無理はするなよ。手伝うぞ」
「お手洗いまでレッツゴー!」
と思いきや、そのままついてくるらしい。
まあ途中で倒れても困るしな。ここは甘えることにしよう。
「慧ちゃんは?」
「い、行かねえよ!」
急に話を振られた慧さんはそそくさと尿瓶を背中に隠す。そうだよな、今のうちにそれ片付けといてくれ。
「てゆーか、やー君と深愛様って結局どういう関係なの?」
無事に用を足した帰りの廊下で悠がなんの脈絡もなくそんなことを聞く。
「どうって言われても……」
幼馴染にしては関係が浅すぎるし、同じ学校の知り合いと言うにも違う。友達……恋人……でもないしな。
「なんだろうな?」
「えー、教えてよケチー」
「いやケチとかじゃなくてだな」
こうしてちゃんと考えてみると、俺と深愛の関係を正確に表す言葉は思いつかない。主人と従者が一番近い気もするが、それだけじゃない気もする。
「そうだな……お前らと似たようなものかもな」
「あたしたちと?」
修と悠はよくわからないといったふうに顔を合わせて首を傾げた。
「2人は深愛の親父さん──旦那様に拾ってもらった身だろ? 俺も似たようなもので、行き場がなかったところを深愛に拾ってもらったんだ」
「なるほどな。納得した」
「ふーん、それだけなのかなぁ」
ふむふむと納得を示す修とは対照的に悠は訝しげな視線を送ってくる。目敏いな、女の勘ってやつか?
これ以上付け込まれないよう、さっさと話を進める。
「それだけだ。深愛には感謝してるし、ここで働いてるのも彼女への恩返しのためなんだよ。お前らだってそうだろ?」
「ま、そうだねー。旦那様のおかげで生活には困らないし、こうして学校にも通えてるし」
「感謝してもしきれない」
そうか、俺と同い歳ってことは彼らも高校生。同じ学校ではないが、彼らも学校には通っている身らしい。
「そういやお前ら学校は?」
興味半分、話題転換半分に尋ねてみる。
「昨日文化祭があってねー。今日は振替休日なんだ」
「休みでやることもなく散歩をしていたところで慧さんと会って、弥太郎が寝込んだと聞いたから手伝おうと思ってな」
「そうだったのか。休みの日に悪いな」
彼らが私服だったのもそのためか。
わざわざ休日に病人の相手をさせたことを詫びると、彼らは全く気にした様子もなくへらりと笑った。
「気にするな。僕たちは仕事仲間で、もう友人だろう」
「そうそう! それに、やー君とはずっと話してみたいって修と言ってたんだ」
「俺と? 随分好き者だな」
俺のことを知っているなら、俺が神宮家の人間であったことも知っているはずだ。慧さんと旧知の仲なら尚更。
だが、以前ほどの不安感はない。許嫁が寝盗られようと実家に勘当されようと付き合ってくれる人はいる。その繋がりを大切にすればいいと深愛や慧さんに教えてもらったからだ。
彼らもきっとその1人になる。彼らの笑う姿を見ているとそう思える。
「今まで同い歳の人いなかったからさー。それだけでなんか仲良くなりたーいって思っちゃうよね」
「最初は大変だったけどな。慧さんがあいつには近付くなとキツく言ってきて」
「そうそう! それなのに慧ちゃん、気がついたら『弥太郎は良いやつだ。あいつの面倒は俺が見る!』とか言っちゃって」
「そう言われると気になるだろう? あの慧さんが一瞬で絆されるような相手だ。きっと面白いやつなんだろうってな」
「期待されてるところ悪いが、別にユーモアはないぞ。ちょっと許嫁が男に盗られて名家を追い出されただけだ」
「いやちょっとじゃないからそれ!」
「僕たちより苦労してるんじゃないか?」
人に話すのも背負うのも苦しいと思っていた過去。それが今となっては笑い話として気軽に話せるくらいになっている。
話すと気が楽になるとはよく言ったものだ。こうして話していても全く苦にならない。むしろ聞いてほしいとすら思う。
彼らに俺のことを知ってほしい。彼らのことをもっと知りたい。
部屋に戻ってからも慧さんを交え、彼らとの談笑は続いた。
昔の慧さんのことを話す彼らが慧さんに怒られている様子に腹を抱えながら、友人ってこうやって作るのかな、なんて考えていた。
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